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五章 懐かしい友達
事情があって、私は生まれ故郷のこの街に帰ってきた。彼とはそれ以来、顔を合わせていないが、年賀状のやり取りだけは続いていた。
そうしてある年のこと、年賀状が来なくて、しばらくしてから奥さんから、昨年彼が亡くなったと葉書が来た。
彼も私のずっと後になるが、会社を辞めていた。だから、当時の仲間内からの連絡もなかったのだと思う。
その年の暮れに突然、川島という男から電話が掛かって来た。当時の仲間の一人であった。話では、当時の残り少なくなった仲間と忘年会をやっているところだというのである。
そうして、彼から私の知らなかった押元の話しを聞くことになった。
「やあ、根岸元気か?」
「あまり、元気でもないけどなんとかやっているよ」
「そうか、実はいま昔の連中と忘年会をやっているんだ」
「そうか、どこなんだ」
「箱根だよ」
「うやらましいな」
「お前も、来れるとよかったのにな」
「それは、とても無理だよ」
「まあ、しょうがないよな、他の連中がお前と話しをしたいって云ってるから、ちょっと変わるな」
それから、昔の連中と、懐かしい話しをした。もう、へべれけになっている奴もいた。ひとしきり、話してから川島に戻った。
「ところで、押元が亡くなったんだよな」
私は聞いた。
「ああ、実はおれも知らなかったんだ。会社を辞めてあいつは、故郷の四国に戻ったからな」
「驚いたよな、何か寂しいよ。それで何で亡くなったんだ?」
「肝炎らしいよ」
「まさか、飲みすぎのせいだとかじゃないよな?」
「あいつ、子供の時大怪我をして、輸血をしたということ聞いたことないか?」
「そういえば、そんなこと、云っていたな」
「どうやら、ウィルス感染したらしいんだ」
「そうだったのか」
驚いた。薬害肝炎のことは知っていたが、身近にそういう者がいたのだとは思いもかけなかった。
「それでな、根岸、俺気が付いたことがあるんだ」
「なんだ」
「あいつ、何となくぼーっとしたところがあったよな」
「そうだな」
「こんなこと、覚えているか。皆でスキーに行ったろ。夜皆で飲んで盛り上がったのに、あいつは疲れたとかいって、ひとりで先に寝ちまったことがあったよな。その時は、皆であいつらしいと笑っていたんだ」
「大体、あいつはいつもそんな調子だったな」
「だが、おれはさっきの話しを聞いて、気が付いたんだ。あいつは、もしかしたらその病気の所為で身体がきつかったのかもしれないと。ただ、その時あいつ自身が病気に気が付いていたのかどうかは分からないが。いずれにしても、あいつは、一言も弱音も吐かなかったから、俺達は気が付かなかったんだ」
「そうだったんだ、俺達は気が付かなかったが、実はあいつは必死に生きていたんだ」
「そういうことだな。息子はまだ高校生らしい、さぞかし残念だったろうな。俺は、いつかあいつの墓参りに行きたいと思っているんだ」
「俺は行けそうもないが、俺の分までよろしく頼むな」
「分かったとも、それじゃ頑張れよ」
「ああ、お前も元気でな」
そこで、電話は終わった。
たしかに、あいつは時折なんとなく、ぼーっとしているところがあった。それを、あいつらしいと俺達は馬鹿にしていたが、そうではなかったのかもしれない。私は、何ともいえない気持ちだった。押元のことを考えるならば、私はグチなどこぼす資格はないだろうと思った。
「なあ、兄さん。どうだい、決して自分だけがつらいなんて思ったらだめさ。それぞれ、皆悩みや苦しみとかはあるものさ。それとな、兄さんは、その会社で押元の一番仲の良い友達だったんだろう?」
「そうだよ」
「あいつは、お前さんが居なくなって、とても寂しい思いをしたんだぜ。知っていると思うが、後から××部に配属になったんだ、どう思う」
××部は、一番きつい部署だった。かつて精神に変調をきたした責任者もいると聞いている。あいつが、そこの難題でも押し付けられたら地獄だったろう。
「そのとおりさ、彼は地獄のようなところに居たんだ、独りでな。なんせ、お前さんはもう居なかったからな」
そのとき、私は、彼の顔を思い出して、不意に涙が滲んでくるのを感じた。
「いいかい、根岸さん。押元は、自分の分まで頑張って生きて惜しいと願っているんだ。あんた達は良い友達だったよ。そうじゃないか」
その言葉で、ついに私の目から涙がこぼれ落ちてしまった。
「そうだね、これからは頑張るよ」
「それが良い」
私は、涙目で云った。
「ここは、前にも来たような懐かしい感じがするんだ」
左の女が云った。
「それは、そうさ」
男が云った。
「でも、本当は来ちゃいけないはずだったんだけどな?」
「兄さん、甘ちゃんだから。仕方がないでしょう」
「本当だ、もっとしっかりしてもらわないとな」
「また、ここに来れるのかな? また会いたい」
「それは、だめだろうね。目が覚めたらしっかり頑張りなさいよ」
その女の声が最後の記憶だった。
私は、自分のベッドの上で目を覚ましていた。二日酔いの頭がずきずきしてた。だが、その記憶はひどく現実的な感覚があった。
そうして、私は押元のことをしばらく考えていた。
いつかまた、あの居酒屋に行きたい、私はそう思っていた。
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