HOME > 小説の森 > 居酒屋 > 第四話  白石の一族

 おだやかな正月であった。遠藤龍輔は、足跡の無い新雪の道を西に向かって歩いていた。街中は、さすがに商店街も華やいだ雰囲気があったが、そこを抜けると、それほど大きな街でもないS町は、ひっそりとしたたたずまいを見せていた。それでも門松とか、家の軒先の飾りとかが人々のぬくもりや喧騒を感じさせるように風に揺れていた。雪は昨夜のうちに降り積もったもので、それほどの深さではなかった、龍輔は長靴の歩みをゆっくりと進めていた。
 その建屋は、町外れにあった。古い大きな農家の造りであった。玄関の表札は白石英輔と読めた。
 龍輔はすでに、二日に妻とこの家を挨拶に訪れていた。S町には白石姓が多い。そうして、この家が本家筋にあたるのであった。だから、正月は親類縁者が寄って、極めてにぎやかなことであった。英輔は実は龍輔の兄であった。しかし、ある事情で龍輔は遠藤家に養子に貰われていたのであった。だから、白石家の表舞台にでることはなかった。当日は新年の挨拶をすると、早々に退出していた。
 白石姓のもので、町の有力者といわれるようなものも何人かいた。それに、当主の英輔は、人柄が穏やかで人望が厚い人であったので、折にふれて彼らのことを白石の一族と呼ぶ街の人間は多かった。
 七日の今宵は、例年の恒例の行事になっている、裏の新年会であった。裏というのは、そのことが極めて目立たなく行われているからということであるが、適切な言い方ではないかもしれない。龍輔達にとっては「真」の新年会といったほうが良いのかもしれなかった。
 玄関を、開けると、龍輔は大きな声を張り上げた。
「こんにちは、龍輔ですが、只今、到着しました」
 ほどなく、英輔の妻の遼子が現れた。
「ようこそ、お待ちしていましたよ。どうぞ、お上がりください」
 基本的には、農家だからそんな贅をつくした部屋などではなかった。しかし、決して安普請ではなかった。時代が経てば、経つほど愛着が湧いていくような、しっかりとした木の造りであった。その、客間は十畳ほどの広さで、床の間はなかなか立派なものであった。すでに、膳は据えられていた。左の奥にすでに英輔が座っていた。龍輔は頭を下げた。
 正面の膳は、叔父の桑島雅文が座ることになっている。だが、姿は見えなかった。
「兄さん、改めて今年も、よろしくお願いします」
「今年も、よろしく頼むよ。今年は、お前にえらく、世話をかけそうだよ。それは、そうとして、今日はゆっくり呑んでいってくれ」
「もちろん、そのつもりで来ていますよ。叔父さんはまだ来ていないのですか?」
「もう来ているんだが、奥で女供と話をしているのだと思うよ。英次郎が来たら呼ぶつもりでいる」
「そうですか」
 そういった、龍輔はいつもと違うことが一つ気になった。
「ところで、兄さん、今日は膳が一つ多いですね。どういうことですか?」
「栄次郎が息子を連れて来ると、云ってるのさ」
「それは、叔父さんが認めたことですか?」
「ああ、そのようだ」
「私達に、相談もなくですか?」
「そうだ、だが何か考えがあってのことだと思う」
「そうですかね」
 龍輔の言葉には、僅かばかりの棘が含まれていた。
「ところで、兄さん。栄次郎はいつ着くんですか?」
「もう、間もなく着くはずなんだが。列車でも遅れているのかもしれないな」
 膳の上には、極く簡単な酒肴が、乗っていた。全員が揃ってから料理が、取り揃えられるはずであった。
「それにしても、叔父が英次郎の息子を、確か保則といいましたっけ、呼ぶなんて。まさか我々の仲間に加えようというつもりじゃありませんよね」
「心配しなくて良い。お前に品定めをさせるつもりでいるから。そう叔父が云っていたよ」
 龍輔は、にやりと笑った。そうかそういうことか、趣向が待っていると云うわけか、そうでなければ納得など出来ない、そう心の中でつぶやいていた。
 ほどなく、玄関から声が響いた。英次郎達が着いたようであった。

 英次郎は、白石家の次男ということになっていたが、本当のところは龍輔の弟になる。彼は、若い男を従えていた。先ほどの話の息子である。二人ともスーツ姿であった。英次郎は公務員である。息子の仕事はまだ聞いていなかった。
 まず、英次郎は、遅れてきたことを詫びた。やはり、列車が遅れたようであった。それから、兄達に挨拶を述べた。そうして、息子を紹介しようとした。
 だが、英輔が手を上げてそれを制した。
「叔父さんを、呼んでくる。皆揃ったところで、紹介してくれ」
 そういうと、英輔は立ち上がった。間もなく、英輔は叔父の桑島を伴って部屋に戻ってきた。雅文は、正面の膳に就いた。正月らしく、和装であった。
 英輔が、まず口を開いた。
「今年も、こうやって、皆顔が合わせられたことは、無上の幸せではないかと感ずる。桑島叔父も、相変わらず元気なこと、我々一同心よりお喜び申し上げたいと思います。そうして、今日新しい仲間がここに来たことは、私としては大変嬉しく、頼もしく感じている次第です。今日は、心ばかりの料理を用意しましたので、心置きなく呑んでくつろいでいただきたいものと思う」
 宴会なら、ここで拍手が沸くところであると思うが、そうではなかった。その言葉に対して、皆は静かに目礼を返していた。
「それでは、叔父さん」
「酒を、目の前にして待たせるのも無粋なことと思うが、今日は英次郎の息子を紹介せねばならない。自己紹介されよ」
 若い男は、幾分緊張した面持ちで一礼をすると、口を開いた。
「始めまして、英次郎の息子の、保則と申します。現在**電気にエンジニアとして勤務しています。二十六6歳、まだ独身です。おじさんたちのことは父から、よく聞いております。お仲間に加えさせていただくよう、よろしくお願いいたします」
「そういうことだ、乾杯するぞ保則。皆に酒を注いでまわれ」
 雅文がそう云った。
 床の間に置いてあった、朱塗りの銚子を英輔が保則に渡した。保則は、まず叔父の雅文の杯に酒を注いだ。続いて、英輔に、そうして龍輔の前に来た。
 保則が、銚子を杯にかざそうとした時であった。
 保則は、龍輔が自分の目をじっと覗き込んでいるのを感じた。そうして、保則が龍輔の目を見返すと、龍輔の黒目が広がってその中に自分がつつみこまれてしまうのを感じた。
 保則は、自分の身体が金縛りになっていることを感じた。まったく動きをとることが、出来なくなったのである。そうして、正面にいる龍輔の姿がぼんやりして、いくら目を凝らしても、はっきりみることができなかった。不思議な感覚であった。超高速で動いてる列車が、スローモーション撮影されているような妙に非現実的な感覚であった。そうして、周りの皆がじっと自分達を注視していることが、妙にはっきりと感じとることが出来た。やがて、龍輔の言葉が、聞こえてきた。聞こえてきたというより、感じたといったほうが、正確であったろう。
「保則、私の言葉が聞こえるか?」
「はい、伯父さん」
「身体の自由が、きくまい。だが、腹の下に意識を集中せよ。自分の身体は自分がコントロールすると、強く念じてみろ」
 洞窟に反響するようなイメージで、龍輔の言葉が、保則の心の中に響いてきた。
 皆の、見ている前で、保則は完全に静止していた。
 だが、間もなく、カタカタという音がした。保則の持つ銚子と、龍輔の杯の触れ合う音であった。そうして、保則は、ヒューというような声を絞り出すと動きを取り戻していた。
 英次郎は、ほっとした様子であった。
「龍輔、納得したか?」
「さすが、叔父の慧眼です」
 そう云うと、龍輔は笑顔を見せた。
 保則が、英次郎に酒を注ぎ終わると、雅文は、龍輔に酒を注いでやれと云った。
「それでは、今年の、皆の健康を祝して、乾杯」
 雅文の、言葉が部屋に響き渡った。
 こうして、白石一族の、新しい年が始まったのである。

 暫く飲んだあとであった。
「いやあ、それにしても、龍輔叔父さんはすごいですね」
 保則が云った。
「あの力は、我々の中でも一番かもしれない」
 そういったのは、英輔である。
「そうだ、近々、龍輔は東京に来ることになる。そうだろう、龍輔兄」
「そうだとも、桑島叔父から云われたよ」
 英次郎が云うと、龍輔が応えた。
「なんで、東京に来るんですか?」
「おまえを、訓練するためさ」
「訓練?」
「まだまだ、お前の能力は未知だ、だから龍輔に来てもらうのさ。それと能力を開くことは、危険と隣りあわせにもなる。それにまだ、はっきりとは分からないがお前は、特別な男らしい」
「特別、それって何ですか?」
「今は、まだ分からない。いずれ分かる時が来ると思う」
「それまでは、基本の自己コントロールに磨きをかけておけ」
 龍輔が云った。
「いずれにしても、今年はなんらかの大きな動きの年になることは、間違いないだろう。それぞれ心してかからないと、悲しいことになるかもしれない。そのつもりで」
 桑島が云った。 
「時間は、まだまだあるからこれからどんどん飲(や)ってくれ」
 英輔が云った。
 最初は少し畏まっていたものの、酒が入るに従ってすっかり賑やかな宴になっていた。

 保則が、英輔叔父と話していた。
「父からは、いろいろ話しを聞いてはいるのですが、どうして我々は普通の人にはないこのような能力があるんでしょうか?」
「正直なところは、良く分からない。ただ、我々は人間であるという当たり前のことからものを考えれば分かりやすいかもしれない」
「それは、どういうことですか?」
「たとえば、お前はどうして人間は生まれて死んでゆくのだと思う。というより、なぜ生まれてきたのだと思う?」
「それって、永遠の人間のテーマじゃありませんか?」
「そうさ、これには色々な考え方があり、解釈がある。ただ、直接的な解答ではないがこういう考え方がある」
「それは……」
「つまり、必要の無いものはこの世に存在しないということさ。逆な言い方をするなら、存在するのは必要があるから存在するということなのだ。道端にころがっている石も、ここに居るお前も、お前が吸っている空気もすべて必要があって存在しているのさ。無駄なものなど何もないということさ。我々が忌み嫌う『魔』だってきっとそうなのだろう」
「なんだか、分かったような分からないようなことですが、その意味は理解できます」
「そうして、なぜか人間は存在の意義を探そうとする。そういう能力が与えられているのもやはり理由があるからなのだろう」
「ふーん」
「我々一族のようなものは他にもいる。歴史を紐解くと様々な一族の動きや葛藤が見え隠れする。それらは、正義であったり悪であったり様々だ。そうして、今我々がここにいるということに繋がっているわけさ」
「一族は、母系で繋がっているということを父から聞いているのですが」
「そのとおりさ、一般に我々はそのことを直系と呼んでいるが、過去の歴史の中でも時折、直系を外れたもののなかから強大な力を持つものが現れることがある。その時は、世相が混乱することが多かった。そんなことから、かつて彼らのことを外道と呼んできた。気を悪くしないで欲しいが、実は君は外道にあたるんだ」
 その意外な話に、保則はひどく驚いた、そうして幾分不安な表情を見せた。
「心配することはない、さっき私が話したように必要のないものなど、この世に存在しない。外道が生まれるのも何かの理由があってのことだと思う。それに、我々は過去の無知で迷信に生きた時代の人間とは違うのだ。君も私達と一緒になって、我々一族の生き方を探っていくのさ」
「保則、一番大切なことは、ものごとの表面の動きだけに捕らわれないことだ。能力に振り回されてはいけない。兄貴の云っているように、究極は人間の生き方を探すこととなにも変わらないと云うことさ。心配するな」
 龍輔叔父が、そう云った。

「兄貴達、よろしく頼むよ」
 英次郎が云った。
「ところで、龍輔兄さんK市に行ってきたそうだね」
「ああ、叔父の予知夢があったからね」
「どうだった?」
「叔父の見えたという川上という男に会ってきたよ。桐嶋という玉龍会から来た男にも出合ったが、先のことは分からないにしても当面会うことは無いだろうと感じた。村上という男、彼の存在が何を意味しているのか未だ読み解くことは出来ないが、それはこれからのことだろう」
「その、村上と言う男は、叔父が若い頃に会っているそうだね」
 そう聞いたのは、英次郎であった。
「そうだ、私にもまだ見えてこないのだが、我々一族と何か縁が繋がっているのだろうとは感じる。何を意味しているのか、どんなことであっても、機が熟さなければ姿形が見えてこないものだ。時を待とう」
 雅文が云った。
「叔父さん、東京に来るのは夏ですよね」
「そうだ、お前の休みに合わせて行く。身体も良く鍛えておけよ」
「まかせておいてよ。楽しみにしているから」

 酒盛りは深夜まで続いた。

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