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第十章 とまどい

 遼子は、自分の部屋で、ディスプレイに向かっていた。キーボードの操作はなかなか手馴れたものであった。もちろんブラインドタッチである。
 いつものように、メールチエックから始める。毎回思うことだが、よくもまあこれだけ迷惑メールが来るものだと思う。これでも、ある程度は自動ではじいているのだから、どれだけの数と思ってしまう。
 それから、いくつかのお気に入りのサイトを覗く。大体いつも、ファアション、美容と買い物の関連は欠かさない。そうして、最後は自分のブログの更新であった。自分がブログをやっていることは、誰も知らないことであった。内容は、女の子の自分が感じたことや、思ったこと、かなり本音で言っているところがある。ハンドルネームは、ブルーベリーであったが、別に深い意味はない、単純に好きだったから決めただけである。佳子にも、ブログのことは云ってない。佳子にだけは教えても良いという気持ちはあったが、佳子はネット音痴であった。だから、教えても意味のないことであった。遼子のブログは、かなり其の手のブログでは人気のあるほうであった。だから、遼子もなるたけ更新を欠かさないようにしていた。
 ブルーベリー、それは遼子にとって違う自分がもうひとりいるようで、そのブログ運営は彼女の密かな楽しみの一つになっていた。その更新も終わって一息ついた。

 いつもなら、それでパソコンの電源を切るはずであった。だが、今日はもうひとつやることがあった。『北の花蔓』を調べることであった。

 そのブログは、すぐ検索に引っかかってきた。だから、そこそこ人気があるんだろうと思った。
 毎日は更新していないようであったが、一週間も途切れていることはなかった。きっと、そこそこ、まめな性格なのだろうと思った。やはり、その記事は思っていた通りあった。
 食い入るように、その記事に目を走らせると、思わず遼子は「あらあら」と声を出していた。
 何のことはない、持って回った言い方をしているが、達彦はすっかり佳子に惹かれているではないか。それを見ているうちに、それならなぜ、別れる前に何か云わなかったのかと、もどかしさみたいなものを感じた。気弱な男なのだろうか。でも、佳子から聞いた彼のイメージはそんなような男ではなかった。
 遼子は腕を組むと、それにしても何で、自分はこんなにも熱心に二人のことに首を突っ込むのだろう。まあ、自分のおせっかい焼きは今に始まったことではないがと思っていた。
 そうして、ふとその文章に添えられている花が気になった。自分の知らない花であった。早速ネットで調べてみた。其の花は『シラン』であった。花言葉は何と、君を忘れないであった。遼子はその花を眺めながら、思わず微笑が浮かぶのを感じた。
 よし、これは、佳子にネットの特訓をせねばと思った。佳子が、ワープロや表計算を使えないわけではなかった。必要以上にウィルスや迷惑メールとか危険サイトを怖がっているだけであった。ちゃんとした、基本的な対処法さえ理解していれば、決してネットは怖いものではないし、使い始めるとネット無しでは不自由極まりないのが、この現代であった。

 それにしても、なかなか、乙なことをする男だと思った。佳子に彼の写真を見せてくれといったら、何もないということであった。見ることが出来ないとなると、なお更興味がつのった。

 彼女が、返事ができるようになるのは、いずれにしてもまだこれから先のことになるだろうと思った。そう思ったとたんに、指が動き出していた。

 達彦のハンドルネームはターさんであった。
 「こんばんは、タ−さん、憧れたり悩んでみたりするのも結構ですが、あたって砕けろという言葉もあります。ちょっと勇ましいですが、それも、選択肢の一つと思います。私から、アドバイスするとすれば、そうね、もう少し待つというのも的外れではないのかなと思ったりもします」
どのようにも、受け取れる言葉であった。つまり、達彦の心次第ということであった。だが、達彦の心を揺さぶったことは間違いないはずであった。投稿者の欄には「銀の鍵の友達」と記入した。佳子から、二人で入った店が『銀の鍵』だったことを覚えていたからであった。きっと、彼は私のことを、友達の遼子と分かるに違いない。
 遼子は、飲みかけてそのままにしておいた、冷たくなってしまったコーヒーを口に運んだ。
 さてと、これでいいのだろうと文章を見直して、エンターキーを押そうと手を伸ばした。だが、その時なぜか遼子は躊躇する自分を感じた。それを、どうしてと自分にうまく説明することは出来なかったが、不思議に心が揺れてならなかった。そのまま、遼子は少しエンターキーの上で手を止めていたが、思い切ったようにそのキーを軽く叩いた。これでいい、そんなことをぼんやり考えていた。

 コーヒーをテーブルの上においてから。遼子はこう思った。結局、自分は退屈しているのだろうと思った。
 学生生活は、一般的にいうなら間違いなく充実していただろう。何の問題もなかった。だが、何の問題もないそのことが問題ないのかもしれなかった。強いて云うなら、恋をしていないことが問題だったかもしれない。ボーイフレンドは居た。ボーフレンドに近い男たちもいた。彼らは、皆有能で、会話もウイットに富んでいて、遼子を退屈させるような男達ではなかった。そうして、とても紳士的だった。何の不満もなかったが、何か物足りないものを感じていた。
 恋に恋するという言葉がある、夢見る少女じゃないけど自分が求めているのは、馬鹿じゃあるまいしそのようなものではないかと感じた。だが、心の中の隙間のようなものは、どうしても埋まることがなかった。恋をしてみたいう気持ちがあったが、だからといって恋ができるものではない。達彦は、今の自分の反対だと思った。そうしてうらやましかった。

 佳子は、恋にひどく臆病であった。でも、いったん恋におちると、意外に情熱的になるのかもしれない。だから、彼女を炊きつけてみたいという好奇心が湧いていた。それに、遼子は自分のずるい心にも気が付いていた。それは、もし仮に佳子の心が傷ついても、自分が傷つくことは無いとういことであった。何しろ、他人の恋の高みの見物であったから。しかし、佳子には傷ついて欲しくない、恋が生まれるなら、うまくいって欲しいと、そのことは本心であった。

 いずれにしても、何かが始まるはずであった。そのことを、遼子は確信していた。

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