第二章 親友
佳子は、目の下に広がる海を眺めていた。珍しいほど、雲が少なかった。隣の席の母は、先ほどまで色々話をしていたが、いつの間にか、寝息を立てていた。自分の所為で一人離れたところに座ることになった父は、飛行機が飛び立つや、熟睡に入ったようであった。どこでも良く眠る父であったが、仕事が激務であることは佳子も承知していた。母も、今回の準備の事などで疲れていたのだろう。
佳子は、自分が今ここにいることは考えてみれば、不思議な気がしていた。しかしそれは、自分の中の達彦の記憶と別れを告げるための旅だということを感じていた。子供の頃の記憶というものは、デフォルメされていることが多いものである。小さいときに見たこと経験したことが、大人になって改めて見ると、当時感じた輝きがすっかり失せていることに気が付くのは、よくあることである。佳子は、知らず知らず異性を記憶の中の達彦と比較している自分に気づくことがあった。そのせいだとは思わないが、本当に異性を好きになったことがなかった。佳子は、友達からも恋愛に臆病であると言われていた。
佳子は、今でもあのラーメン屋のことを忘れてはいなかった。そうして、そのときの達彦の笑顔はいまでもはっきりと思い出すことができる。あの時ほど、心細くてつらかったことはない。だから、達彦と食べたラーメンのことは、父が亡くなってから、初めての嬉しい記憶であった。
でも、もう自分も一人前の大人になる時が来ているのだと、佳子はそう思った。
今の自分は幸せであると佳子は思っていた。それは、今の父と、母が深く自分を愛してくれていると感じていたからである。でもそれにしては、自分は少しわがままな娘であるかもしれない。そもそも、今回のことがそうであった。自分が小さかった頃は、三人で旅行することが結構あった。しかし、父の事業が順調に伸びるに従って、その機会が少なくなっていった。父は、海外出張がだんだんが多くなっていった。そして、自分はといえば、友達が増えるにしたがって、仲間とあちこち行くことが多くなっていった。そのなかで、母だけが取り残されていくようであった。母の気持ちも、少しは自分にも分かってはいたが、でも、自分は友達と居ることが心底楽しかったのである。
北海道は、実は自分の両親の墓参りのために、何度かは訪れていたがいつも慌しい日帰りの旅となっていた。父のスケジュールからは、それが精一杯のことのようであった。母は以前から、ゆっくり北海道を見てみたいとかねがね云っていた。もちろんそれは、現在まで実現できてはいなかった。
ところが、父が若い頃とてもお世話になった方の息子さんが、急に札幌で結婚式を挙げることなった。急な話は、いろいろな事情があったようである。賓客として、二人は招待されていた。いかに、忙しい父といえども、今回は外すわけにはいかなかった。そうして、母の望みの北海道巡りをすることに決めたということの、つまるところのいきさつがこうなのであった。
最初父は佳子にも一緒に行かないかと、強く勧めた、そうすればきっと母さんも喜ぶと。しかし、佳子は既に親友の遼子たちと、軽井沢へテニスをしにいく約束をしていた。それに、それはかなり前から決めていることであったし、自分も楽しみにしていたことであった。父は、幾分はがっかりしたようであったが、予想内のことであるよう受け取っているようであった。だから、なにもなければ、全てがそのままに進んでゆくはずだった。
運命というものは、ほんのちょっとした、いたづらで変わることがあるのかもしれない。
その日佳子は、研究課題のレポート作成に久方ぶりに部屋で机に向かって根を詰めていた。ようやく、大体のところができあがったところで、何か飲み物をと思って階下の部屋に降りていくところであった。母の声が聞こえてきた。電話での話のようであった。佳子は聞くとも無く聞いていた。
「本当に、突然ですみませんね」
「何せこんな機会は、めったにあることではありませんからね」
「ええ、早いものですね、佳子は来年は成人式ですからね」
「そういえば、達彦さんでしたよね」
達彦という言葉を聞いたとたん、佳子は足を止めていた。
「そうですか、IT関係なら、よろしいですよね」
「もう、お孫さんもいらしゃるのですか?」
「そうなんですか、でもね今時は、遅い人は遅いですからそんなに気をもまなくてもよろしいんじゃないでしょうか」
佳子は、再びゆっくり降り始めた。佳子は、母の電話が終わるまでリビングのソファに腰掛けて、たいして見る気もない雑誌を広げていた。電話が終わった母には、最高の話し相手が目の前にいたということになる。
「お母さん、島崎さんの家に寄るの」
「そうよ、お父さんが、せっかくの機会だから寄ってみたいと言い出したものだから」
「それで、向こうの都合は良かったの」
「お父さんが、もう連絡を取っていて、向こう様はとても喜んでくれて、昼食をぜひ家でと云ってくれたそうよ」
「そしたら、出発の時間を変更しなければならないんでしょ、それで、お父さんどうすることにしたの」
「もちろん辞退したけど、先方が是非にといって、結局そうすることにしたそうよ」
「へえ、珍しいわね、面倒なことは嫌いなお父さんが」
「何云ってるの、貴女のことでお世話になった人だから、特別なのよ、でも大澤さんなら、気さくな人だから、私も楽しみにしているわ」
「それで、今私からご挨拶と、細かいことの打ち合わせをしていたのよ」
「そうしたら、達彦さんが空港まで迎えに来てくれるというの、それに、よかったらあちこちご案内しましょうかと云ってくれたのよ」
「でも、時間がないんでしょ」
「そうなのよ、だからそれは辞退したの」
大澤家とはしばらく音信不通になっていた。佳子がこちらに来た次の年、三人揃って北海道の佳子の両親の墓参の後、大澤家にお礼の挨拶には伺った。だがその後、大澤家も、我が家も丁度同時に引越しをしていてそのごたごたで連絡が取れなくなっていた。それに、当時父の事業の方がいろいろと大変な時期であって、結局そのままになってしまっていた。しばらくぶりの年賀状を寄越したのは、大澤家からであった。たまたま潤一郎が、伸道の仕事の対談記事の載った雑誌を目にして、住所を調べたとのことであった。
母の話では、大澤家は皆元気であること。一家はいま札幌に住んでいて、ご主人は、中学の校長をしていること。そうして、一人息子の達彦は地元の大学を卒業して、IT関係の会社に勤めていること。まだ、結婚していないので、両親は気をもんでいることなど。母が、達彦のことは覚えているかと、佳子に聞いた。佳子は、もちろん、覚えていると応えた。達彦は、もう二十九歳になっているはずであった。佳子は、まだ結婚もしていない、あるいは結婚できない、達彦はいったいどんな男になっているのだろうと思った。どうしても、佳子は今の彼を見てみたいと思った。そう思った時に、佳子の心は決まっていた。
「ごめんね遼子」
「そういうことなら、仕方が無いわね」
「でも、男共はがっかりするわよ」
「特に、勅使河原さんはね、佳子わかってるんでしょうね」
「ええ、ごめんね、うまく云っておいて」
佳子は、そう頼むしかなかった。
佳子が、この大学に入学するのには、父とひと悶着あった。佳子は、高校では優秀なほうではあった。だから、四年制の大学に入るだけの学力は、充分に備えていた。父は、それだけの力があるのだから、四年制の大学に行ったらどうだという考えのようであった。きちんと話をしたことはなかったが、父は、本音のところでは、自分の事業を何らかの形で自分に引き継いで欲しいという気持ちがあったのではないかと思う。だが、佳子は女の子なら誰でもそういうところはあると思うが、保母さんになるのが自分のささやかな夢であった。そうして、本当に保母になろうとするなら、やはり短期大学に入ろうと自分で決めていた。そこに、父とのギャップが生じた。育ててくれた恩のある親である。その、意向を汲むのが普通一般に考えるなら親孝行ともいえるかもしれなかった。だが、佳子はかえってそこに拘(こだわ)りがあった。自分は、今では二人を心から本当の親であると思っている。だから、自分が本当にそう思うことであるなら、自分は我侭(わがまま)を通しても良いと、そう思っていた。そうでなければ、本当の親子とはいえないと思った。結局は、父親が折れた。
だが、佳子がこのK女子短大に入学したことは、島崎家にとっては思わぬ僥倖(ぎょうこう)となっていた。佳子は遼子という親友にめぐり合うことになった。
遼子の父は、介護関係の業界では注目されているグループ企業を率いていた。佳子の父は元々は、衣料品関係を扱う会社を経営していたが、いまでは、外食チエーン店を統括する事業が中心となっていた。佳子を仲立ちとして、二人の父がビジネス上のパートナーとしても活動を始めたようであった。当然のことながら、商売上の付き合いだけに留まることはなかった、両家は更にプライベートなつきあいでも、うまが合ったようであった。
二人の在籍するK女子短大は、いわゆるお嬢様の通う大学として、つまらないことではあるかもしれないが有名であった。そうして、二人は「二人マドンナ」として、この大学のアイドル的存在として他大学の男子学生に知れ渡っていた。
二人が知り合うことになったのは、一風変わった理由であった。
佳子は入学早々「和歌研究会」に入部した。母親の幸恵の影響であった。あるとき、部の顧問の里中女子からこう云われた。
「あなた、テニス部の遼子さんとは、親類かなにかなの」
「いいえ、私はその方を知りませんが、この大学には親類はいないと思います」
「そうなの、双子かと思うくらい似ていたものだから」
佳子は自分に似ている女性がいることに、興味を覚えたが、だからといってどうということも無く、そのことは忘れ去っていた。
入学して一月位が過ぎようとしていた。和歌研究会は特別な部室などはなかった。その日の会場になっている「第三会議室」で、まだ時間があった佳子は仲間とたわいの無い話をしていた。そのとき、見慣れない女子学生が入り口に顔を覗かせた。初めに彼女に気づいたのは、向かいに座っていた仲間達であった。彼女たちは、一様に驚いたような顔をしていた。そうして、振り向いた佳子は、彼女が「遼子」に違いないとすぐ分かった。
「島崎佳子さんに用事があるんですが」
彼女は大きな声で云った。それが、二人の出会いであった。
藤原遼子は、女性の佳子から見ても魅力のある女性であった。スポーツ万能で、文学にも造詣が深かった。そうして、彼女は、将来は父親の介護関係の仕事を手伝いという明確な目標を持って、この大学に入学していた。そんなしっかりしたところが、自分とは違うし、単なる友達というよりは姉に接するようなそんな気持ちすら佳子は抱いていた。そうしてなにより、とにかく人付き合いが広い彼女であった。彼女を通じて、佳子も彼女の人脈と触れることになった。
先日、キャンプに行った。そこに勅使河原が居た。彼は、遼子の彼氏(と皆はそう思っている)の葛城の友人であった。彼は優秀はビジネスマンであるとのことであった。遼子には結構社会人の仲間が多いようであった。確かに、彼女程しっかりしている女性であれば、同年代の学生は物足りないとしても当然であろう。遼子はいつも、皆の中心にいて、まさに輝ける華であった。
勅使河原の父はある会社の役員をやっているそうであったが、その会社の別荘が軽井沢にあった。もちろんテニスコート付きであった。遼子や勅使河原たちとそこに遊びに行くことになっていたが、それは二週間後に迫っていた。だが佳子は、遼子に電話でこういった。
「母は、見かけと違ってそんなに身体が丈夫なほうではないの、今度の旅は結構長丁場だから、私が付いていってくれないかって、どうしても云うものだから」
遼子には、悪いと思ったが、母をダシにしていた。突然の、心変わりに両親も驚いたようだが、二人ともとても喜んでくれた。だから、まるっきりの嘘ではないと、佳子はそう自分で納得していた。
思っていたとおり、勅使河原からメールが入った。
佳子は特別な人間以外には携帯番号を教えることはなかったが、請われればメールアドレスは教えていた。
「こんばんは、佳子さん。先ほど、遼子さんから、行けなくなったなったと連絡がありました。とても、楽しみにしていたので残念ですが、またそのうちなにかやると、遼子さんが言っていたので、楽しみにしています。北海道は、今頃はとても良い季節だと聞いていおります。充分、親孝行をしてきてください」
再開を楽しみにしていると、そのメールは結んであった。佳子は、ごく簡単にお礼と自分も残念でしたと、返信メールを送った。