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第三章 到着

島崎伸道は、目を覚ました。ああ、自分は今夢をみていたのだと思った。佳子がこの家に来た時の昔の夢であった。初めは、佳子は仲々二人になつこうとはしなかった。前の家では、話に聞いていたようにきっといじめに会っていたに違いないのだろう。行動におどおどしたところがあったし、目に険があった。妻の幸恵も、色々心を砕いていた。だが、ちょっとしたことから心を開いてくるきっかけが出来た。それは、初めて遊園地に連れて行ったときのことであった。電車の窓から、ずっと飽きもせず外の景色を眺めていた。佳子が旅好きだと知ったのは、そのことからであった。それから、ずいぶん三人であちこち旅をした。佳子は、旅行をとても楽しみにしていて、いつのまにか旅を通して、すっかり打ち解けていった。佳子は、とても楽しそうにしていたが、よくよく気が付けばその旅を、もっと楽しんでいたのは自分と妻かもしれなかったと伸道は思った。
佳子が長ずるにしたがって、三人揃って旅をすることも少なくなっていった。だから、今回の旅は、自分にも妻にも思い出に残るものになるであろうと思っていた。それにしても、急に一緒に行くと言い出したときは驚いた。後から、航空券を一枚追加したため、自分は二人から離れたこの席に座らなければならなかった。佳子がなぜ急に、そういいだしたのか、伸道は少し不思議に感じてはいたが、妻の喜ぶ顔をみて、心から良かったと思っていた。
機内アナウンスが間もなく着陸態勢に入ることを告げていた。伸道は、これからのスケジュールを頭の中で繰り返して確認していた。
元々は、空港でレンタカーを借りるつもりであった。だが、島崎家の好意で、息子の達彦君が迎えに来てくれることになっていた。彼の車でまず、島崎家を訪問する。昼食をご馳走になってしばらくしたら、自分達は彼の車で結婚式場に送ってもらうことになっていた。だが、そこで降りるのは私と妻だけで、佳子は達彦君に市内を案内してもらうことになっていた。宴会が終わったら頃合にまた迎えに来てもらって、それからレンタカーショップまで送ってもらう。そこからは定山渓温泉まで、佳子が運転していくというのが今日の予定であった。それで、伸道は好きな酒を昼間から心置きなく飲めるということであった。
 飛行機は、千歳空港に静かなランディングをした。

彼を最初に見つけたのは、佳子であった。それから佳子は可笑しくてたまらないという風にくすくす笑った。目印のために胸ポケットに黄色いハンカチをという約束をしていたが、それは、まるでお子様ランチを食べる子供のエプロンのようであった。目立つこと、この上なかった。
観光客が多い所為かロビーはひどい混雑であった、伸道達が近くに行くまで彼は気が付かなかった。ようやく伸道達に気が付くと、彼は驚いたように目を瞠っていた。

達彦が到着ロビーに着いたのは、到着予定時刻の三十分以上も前であった。車であるからなにかのトラブルがあってはいけないと思い、余裕をみては来たがちょっと余裕過ぎかなとも思った。達彦は缶コーヒーを買うと、当該ロビーからはちょっと離れているが、あらかじめ見つけておいた比較的閑静な一角の椅子に腰を下ろした。
佳子はいったいどんな女性になっているのだろうか。達彦は、興味津々になっている自分に気が付いていた。彼女の現在の父の伸道は、事業をすいぶん大きくしたようで、いわば現在の彼女は良いとこのお嬢様になっているのである。彼は、初め、なんとなく彼女がフリルのついた、今風の良く見かけるような格好を想像してみた。だが、それも最後に見た彼女の険のある表情ともギャップがありすぎてやはりしっくりとはしなかった。
 目印に胸ポケットに黄色いハンカチを付ける約束をしていたが、伸道なら見知っているので、自分から先に彼らを見つけることができると思っていた。だが、10分前になってロビーに移動して来て考えが変わった。観光客が思っていたより多かったのである。ひどい混雑ふりであった。これでは、よっぽどハンカチを目立つようにしなければならないと思った。こちらに向かってくる、人の数は半端ではなかった。初めは真剣に伸道たちを見つけようと目を凝らしていたが、そのうち、達彦はこちらから相手を見つけることは、半ばあきらめていた。それでも、一応はこちらから見つけるつもりではいた。
 達彦が、こちらに向かってくる一団になにげなく視線を動かしたときに、偶然ある女性に目が惹きつけられた。白いTシャツにGパン姿のすらりとした彼女は、群衆の中にあってひときわ白い花が咲いたような印象があった。達彦は、一瞬今自分がここに居ることの意味も忘れて、彼女を素敵な女性だなとそんなことをぼんやりと思っていた。だがその直後に、彼女のすぐ手前に、こちらを見て笑顔を見せている伸道の姿を発見した。まさか、彼女が佳子なのかと達彦はひどく驚いている自分に気付いた。そうして、三人が達彦の前に立ち止まったとき、彼女が佳子だったことを確認したのである。
 小さいときは、全体にぎすぎすしたところがあったが、今はすっかりそんなところが無くなって、若い女性らしい溌剌とした輝きに満ちていた。唯一面影を感じさせるところは、目の輝きではなかったろうか。前も、険はあったものの、目が大きくてきらきらと輝いていた。今は、穏やかであったが、吸い込まれそうなくらい魅力のある瞳をしていた。

 駐車場に止めてある自分の車に着くまでは結構な距離があった。
 「東京の天気は、いかがでした?」
 「薄曇りだったけど、こちらは良い天気だね」
 伸道がこたえた。
 「そうですね、とても良い天気です。フライトはどうでした、揺れませんでしたか?」
 「快適だったよ、ほとんど揺れも無かった」
 「それはよかったですね」
 「でも、お父さんほとんど寝ていたみたい」
 「そうか?」
 「私も、寝ていたみたい」
 母の幸恵が云った。
 「佳子さんは、ずっと起きていたんですか?」
 「ええ、ずっと景色を見ていました。ほとんど雲が無くて、海も良く見えたわ」
 「そうですか、僕も暫くは、飛行機に乗っていないからうらやましいですね」
 建屋から駐車場に出ると、ひどく明るかった。
 「本当に良い天気ね、まぶしいくらいだわ」
 幸恵が云った。

 駐車場を出た慶介の車は、札幌を目指して走り始めた。

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