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第十章 恋心
僕は、店の裏の勝手口を開けると、声を挙げた。
「こんにちわ、寺島ですが」
二階のドアの開く音がした。
「寺島君、いいよ、二階に上っておいでよ」
母親の、智恵子が顔を出したが、笑顔でどうぞと云った。
「どういう風の吹き回しだい?急に遊びに来ないかなんて」
「あら、迷惑だったかしら?」
「もちろん、うれしかったけど、突然だったからさ」
恭子に、そういわれたのは、昨日の昼休みだった。
「模擬試験も終わって、一息でしょ。今日は休みだし、ちょっと話でもしたいなあと思って」
「そうか」
相変わらず、テーブルを挟んで向き合っていた。テーブルの上には、いつもどおりにジュースと小さな菓子皿があった。
「寺島君、試験の出来はどうだったの?」
「今回は、結構気合が入って頑張ったんだけど。それなりに、結果には期待しているんだ」
だが、そういった僕祐は、少し心の中に後ろめたいものを感じていた。マドンナの一件である。
「そうなんだ、うらやましいな。僕は、いつもと同じくらいだったわ」
「それなら、それで別に良かったんじゃない」
「そうだけどね」
「なんだい、元気がないな。進路の方は決めたの?」
「寺島君、札幌に行くっていってたよね。そう、決めたの?」
「うん、今度の試験の結果にもよるけど、正直腹の中ではもう決めているんだ」
「そう、実は僕も札幌に行こうかなと思っているの」
「えっ、そうなの。そうしたら、向こうで会えるね」
「でもまだ、最終的に決めたわけでは、ないけどね。それに、まず大学に合格しなけりゃね」
「そりゃそうだ」
僕達は、顔を見合わせて笑った。
「ところで、寺島君。隣の亜希さんは知っているよね?」
「ああ、あのちょっと派手な、お姉さんだね」
「そうよ、この前、寺島君を見かけたんだって」
「へえ、どこで?」
「図書館の傍の国道だって」
「ああ、あの時かな?」
思わぬ問いかけに、さすがに僕は心の動揺を覚えたが、それを表情に出すまいと、えらいことであった。
「ねえ、そのとき誰かと一緒だったでしょ」
恭子の目は真剣だった。
「ああ、四組の相川さんだ」
「やっぱりそうなの、でもまさか、デートじゃないよね?」
「そんなことあるわけないだろう。本を返しに行ったら、たまたま一緒になって、帰り道途中まで歩いただけだよ」
「わたし、それを聞いてびっくりしたわ。二人が付き合っているって話は聞いたことがなかったもの」
「そのとおりさ、本当だから」
「本当に?」
「本当だって」
「どんな話をしていたの?」
「今回の、模擬試験のことさ。お互いに頑張ろうって話をしたんだ。ほら、最近僕と彼女とせっているだろう」
「そうなんだ」
僕には、さすがに冷や汗ものであった。だが、そんなことを聞いてくる恭子は、彼女に嫉妬したのだろうか。それって、自分を好きになっていることの裏返しであろう。だから、僕は、恭子のことがとても可愛く思えた。だが、一方、マドンナのことを思うと気持ちはいささか複雑なところがあった。
「ねえ、寺島君。私のことをどう思っているの?」
恭子が、良祐の目を真直ぐ見つめて、こう聞いた。
「好きだよ」
「本当?」
「そうだよ」
そう云った僕は、さすがに照れて、彼女の目から視線を外した。でも、その時、僕は彼女が微笑んだことを目の端で捕らえていた。
僕達の間には、少しの沈黙の時が流れた。でも、それはとても幸せで充実した時間だった。
彼女が、口を開いた。
「もう10月だもんね、早いわ」
「そうだね、ついこの間まで、暑いくらいだったのにな」
西日も、心なしか弱くなってきたような気がする。僕は、何度かみた窓越しの空に目をやった。なぜか、急に庭の花を見たくなった。
「窓開けたら、寒いかな?」
「まだ、大丈夫でしょ」
「庭を見たいんだ」
「いいわよ」
恭子は、立つと、窓をあけた。僕はその彼女の後ろ姿を見ていた。もちろん自分より背は少し低いが、女の子としては高いほうであった。すらりとしていて、姿勢がよかった。そうして、僕も立ち上がると、彼女の隣に並んだ。窓の下には、もう見慣れてしまっている花壇があった。
「僕は、この花壇も、ここから見える風景もとても、好きだ。だからここに立つのが好きさ」
「わたしの、見慣れた風景よ」
「でも、本当は恭子が隣にいるのが一番うれしいんだ。本当だよ」
そうして、僕は、恭子の肩をそっと抱いた。僕達は、そのまま、じっと夕焼けを見つめていた。僕は、彼女の体温を感じていた。そうして、胸が高鳴るのを感じていた。
僕は、帰り道をあるきながら、考えていた。どうやら、自分は恭子のことを、すっかり好きになってしまったらしい。だが、マドンナとの約束のことがあった。模擬試験の、結果の発表は間もなくであった。
もし、自分が勝てば良いが、だが、自分が負けたら、その時は、約束を守らなければならないだろう。どんなことになるか分からないが、それは自分でなんとかするしかない。それはそうさ、僕は心の中でそう思っていた。
それから、恭子のことを思った。これから、僕達はどうなっていくのだろう。彼女を好きになっただけ、心もとない自分があった。ただ、こころの中には、ふんわりと灯火(ともしび)がついたような暖かさがあった。
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