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第十一章 約束

 僕は、模擬試験の結果を見に来た。今回は、それなりの自信を持っていたが、問題はマドンナだった。
胸をどきどきさせながら、先頭から見ていった。
 あった!なんと隣はマドンナであった。マドンナの上であった。いつもより、順位が上っていた。僕は心の中で、思わずよっしゃと声をあげていた。それから、もう一度先頭から、見返して最後まで見た。
 近くにいた、同級生の、松山が声を掛けてきた。

 「寺島、今回はすごいじゃないか。おめでとう」
 「いやあ、出来すぎさ。でも、うれしいよ」
 「俺は、今回はここに載らなかったよ」
 「そう、気を落すな」
 「そうだな」
 「それじゃ」

 僕は、足早にそこを離れた。もちろん、とてもうれしかったが、それよりも、ほっとした気持ちのほうが強かった。
 マドンナと話をしたかったが、校舎の中では無理だった。四組の近くでしばらく、様子を見ることにした。自分の姿をみたら、来てくれるかもしれない、そう思っていた。
 間もなく、彼女が同級生の女子と二人で、こちらに向かってきた。僕の姿を見ると、その友達に手を上げて、こちらに向かってきた。
 話は、短かった。

 「寺島君、おめでとう、今回は大幅アップね」
 「君こそ」
 「約束のこと?」
 「ああ、学校じゃ話できないから、電話番号教えてくれる?」
 「いいわよ」
 彼女は、携帯の番号を教えてくれた。
 「夜、電話するから」
 「待っているわ」
 「それじゃ」
 「またね」
 僕は、その番号を忘れないように、口の中で何度もつぶやいていた。

 四組の連中が、何を話しているんだという顔をしていたが、僕はきびすを返すと、ゆっくり歩き始めていた。彼女の、笑顔を思い出して、ちょっぴり複雑な気持ちであった。

 クラスにもどると、仲間が声を掛けてきた。
 「寺島、すいぶん、頑張ったな」
 谷川には、肩を、どつかれた。
 恭子も、そばにきて、おめでとうと云ってくれた。僕は、特別な思いで恭子と視線を交わした。
 
 夕食のとき、もちろん両親はとても喜んでくれた。
 「進路のほうは、いよいよ決定ということか」
 父が云った。
 「そうだね、今回の結果から、志望校のほうは、大丈夫と思う」
 「よかったな、後は最後まで気を抜かないようにな」
 「分かってるよ」
 「入学したら、いろいろ大変だから、お父さんにも頑張ってもらわなくちゃね」
 母は、早くもその気になっているようであった。
 珍しく、僕は居間でゆっくりした。三人で揃ってテレビを見たのは、久方ぶりだった。

 僕は、先ほどからベッドの上で、腕を組んで寝転んでいた。マドンナにどうやって、話をしようかと考えてみた。しかし、気の利いた特別な言葉を思いつくでもなく、結局のところ、ごろごろしているだけであった。
 やがて、僕は起き上がると、机に座って冷えたコーヒーを飲んだ。
 それから思いついて、恭子に電話をした。
 もちろん、模擬試験のことが話題になったが、あとはたわいのない話しばかりになった。

 「それじゃ、また明日ね」
 「ああ、恭子も風邪なんかひかないように」
 「そっちこそ」
 「じゃ、おやすみ」
 「おやすみ」

 僕は、携帯を置くと、恭子の最後の声の余韻を楽しんだ。それから、ストラップを持ってぶらぶらさせたり、しばらく携帯をもてあそんでいたが、ようやくマドンナに電話することにした。

 「こんばんわ、寺島ですが」
 「こんばんわ、待っていたわよ」
 「今、話しして大丈夫?」
 「ええ、いいわよ」
 「君が、隣で驚いたよ、きわどい勝負だったね」
 「そうね、それにしても、寺島君、今回はすごかったね」
 「君だって、そうだよ」
 「でも、僕寺島君に負けたわ。約束のことでしょ」
 「そうなんだけど、その前に、僕が負けた場合、なにをするのか聞きたかったんだけど」
 「そのこと?僕の家、ちかじか引越しすることになっているの。その、手伝いを頼もうと思っていたのよ」
 「そうかあ、なるほどなあ」
 「感心することないでしょ」
 「僕が、手伝わないと困る?」
 「それは、大丈夫よ」
 「そうか、約束のことだけど、自分から申し込んでおいて、勝手なんだけど、中止したいんだ」
 一瞬の沈黙があった。詩織は、思いもかけない言葉に、我を忘れていた。
 「一体どうしたこと、あっ、そうかもしかしたら好きな子ができたとか、付き合いを申し込まれたとか、そういうこと?」
 「まあ、早い話、そんなようなことなんだ」
 「わたし、そのつもりでいたから、なんだか妙な気分よ」
 「僕もそうなんだ、なんだか、自分で訳の分からないことをやっているような」
 「ねえ、ひとつ聞いていいい?」
 「ああ」
 「別に私を嫌いになったわけじゃないんだ?」
 「それは、もちろんさ」
 「それじゃ、許してあげる。臆病者め!」
 幾分の揶揄(やゆ)を込めて詩織はそういう言い方をした。しかし、その言葉に棘はなかった。
 「ごめんね」
 「あやまることなんかないわよ」
 「そうだね」
 「でも、私を好きだったってこと、覚えていていい?」
 「もちろんさ」
 「それじゃ、これからは友達だね。そうだよね」
 「そうだね」
 「さようなら」

 詩織は、携帯を置くとふっと、ため息をついた。
 母に、敬祐のことを、なんて説明しようか困っていたから、その心配から開放されて良かったと思っていいはずであった。しかし、そうなってみると、それはそれで肩透かしをくったようで妙に寂しい気持ちがあった。成行がなければ、元々、いつものように付き合いを断わっていたはずであった、。だから、本来の形にもどっただけであった。
 自分は、良祐に好意を抱いていたのだろうか、そう自分で問いかけてみた。結局、そうはなっていなかったと、自分を納得させた。 
 卒業までは、もうそんなには時間がない。そうそう、いろんなことにあたふたとしてはいられないのだと、自分に言い聞かせた。後は母に心配かけないように、頑張ろうと詩織はそう思った。

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