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第十四章 公園で

 日曜日の昼下がりであった。詩織は机に向かっていた。いよいよ受験も追い込みをかけなければならない。
 ふいに、机の上においてあった携帯が着信を告げた。

 「もしもし」
 「こんにちは、宗方ですが」
 「あら、先日はどうも」
 「それは、こっちのセリフだよ。この前はありがとう。ところで今どこ?」
 「部屋よ」
 「もしかしたら、受験勉強?」
 「そうよ」
 「それは感心なことだ。でも今日は凄くいい天気だよ。外に出て少し風に当たるのも、能率向上のためにはいいと思うよ」
 「それは、そうかもしれないわね」
 「ねえ、よかったら××公園まで散歩に来ないかい?」
 「宗方さんそこにいるの?」
 「そうだよ、ここなら。ゆっくり話が出来ると思うんだ」
 その公園は、詩織の所からは少し離れたところにあったが、そう大きな公園ではなかった。そうして、時折子供の姿をみかけることはあったが、いつもは人影の少ない目立たぬ公園であった。
 宗方は、自分と話しをするためにその場所を選んだのだろうと思った。詩織は、服を着替えると玄関を出た。

 確かに外は明るかった。宗方のいうように風が少しあって、ものすごく気持ちの良い日和であった。
 その公園までは、あるいて10分ほどであった。宗方が、高い白樺の木の下のブランコに腰掛けているのが見えた。この前と同じカーキいろのジャンパーを着ていた。そういえば、この公園は、ベンチなるものが置いてなかったのである。他に人影はなかった。詩織はゆっくり近づいていった。宗方の笑顔が見えた。
 「やあ、待ってたよ。君も腰掛けたら?」
 「たしかに、気持ちの良い日ね」
 「そうだろう、勉強も根を詰めるだけでは能率も上らないと思うよ。これからのひととき、僕と会話するのは君にとってプラスになると思うよ」
 詩織は、もってまわった言い方をする宗方が可笑しかった。
 「ところで、先日はわざわざありがとう」
 「いいえ、ほんのお礼の気持ちなんです」
 「美味しく食べたから」
 「それは、良かったわ」
 「でもね、皆に冷やかされたよ、彼女かって?」
 「あら、そうなの」
 「でもね、正直なところ悪い気はしなかったな。もしも彼女だったら、いいなって思ったんだ」
 「あら、残念ね」
 「そうだよ」
 でも先のことは、分からないと詩織は心の中で思った。
 「ねえ宗方さん、私あなたの名前をちゃんと聞いていないんだよね」
 「そういえばそうだね、宗方芳樹って言うんだ」
 そういうと、宗方は、指先で空中にゆっくり文字を書いた。
 「でも、僕も君の名前を知らないんだ。この前、送っていった時、表札をみたから相川さんだってことはわかったけど」
 「そうね、名前はしおりって言います。しは歌の詩で、おりは織物の織よ」
 「とっても、いい名前だね」
 「ありがとう、母がつけてくれた名前なの」
 「へえ、めずらしいな。お父さんじゃないんだ」
 「ええ、私の母は実はシングルマザーなの」
 宗方は、意外な言葉を聞いたと思った。
 「驚いたな、今時は珍しくもないが君のお母さんが、そうなんだ。でもそんなこと僕に話して良いの?」
 「宗方さん、このこと他の人にはしゃべらないでしょ?」
 「ああ、もちろんさ」
 「だから、いいの」
 「そうか」
 「私も、宗方さんのこと聞いても良い?」
 「いいとも、もちろんさ」
 「どうして、居酒屋で働いているの?」
 「話せば長くなるけど良い?
 「いいわよ」
 「実は、僕のところも父がいないんだ」
 「あら」
 「僕が、中学のとき病気で亡くなってしまった。だから、母が僕と弟の二人を育ててくれたんだ。想像がつくと思うけど、生活のほうは女手ひとつだから大変だった。本当は大学に来るのは、厳しかったんだけど、弟が高校を卒業したら働くからと、二人は僕が大学に行くことを勧めてくれたんだ」
 「そんな事情があったのね、そういえば宗方さんは何年目?」
 「今三年目さ。弟は一つ下だから、とっくに働いているんだ」
 「大変ね」
 「K工大に来たのも、ここが国立だからさ。とってもじゃないが私立は無理だった」
 「そうしたら、宗方さんは今時の、苦学生になるの?」
 「そんな、悲壮なものでもないさ。好きな酒は飲むしけっこう好きなことやってる。でも、少なくとも、飲み代とか遊ぶ金は自分で稼がなくちゃならないのさ。いくらなんでも、学校と部屋の往復だけでは寂しすぎるだろう?」
 「そうなの、そうだよね」
 「そうして、少しずつだけど金を貯めているんだ。いずれ就職するのにも金がかかるから」
 詩織は驚いていた、若い男でこのような考え方をしている者はめったに居ないだろう。おそらく、かなりの苦労をしてきたのに違いない。そうして、ふと母のことを思った。母の苦労も並大抵のものではなかったはずだ。どのような思いで、自分を育ててきたのであろうか。苦しい顔はほとんど見せたことのないひとだった。

 「ねえ、宗方さん彼女居るの?」
 「今はいないよ」
 「ということは、前には居たの?」
 「高校時代、彼女といえるほどのものだったのかは分からないけど付き合ってはいたよ。でも、卒業してからは自然と遠ざかってしまった。噂では、恋人が出来たと聞いたことがある。彼女は地元で働いているんだ」
 「もう、何とも思ってない?」
 「そう云えば嘘になるけど、仕方のないことだと思っているよ」
 「そういえば、家はどこの町?」
 「M市なんだ」
 「それほど、遠くはないんだ。それじゃ良く里帰りはするの」
 「いいや、用事がない限りはめったに帰らないよ」
 「それじゃ、お母さん寂しいのじゃないかしら?」
 「そうかもしれない」
 そう云った、宗方の顔はちょっと冷たい感じがした。だが、詩織はなぜかその表情に惹き付けられてしまっていた。

 「君のお母さんは、一人で君を育てたの?」
 「そうよ、でも私が生まれた頃は母の姉つまり伯母、のところにお世話になっていたの。伯母さんがいなければ私は生まれていなかったかもしれないの」
 「じゃその伯母さんは、もうひとりの母さんみたいなものなんだ」
 「そうよ、A市に住んでいるけどよく遊びに来るの」
 「そんな、親類がいるなんて良いな」
 「母も伯母さんも、伯母さんの旦那も酒が好きだからとても盛り上がるわよ」
 「なおさら、うらやましい」
 「ところで、どこで働いているの、君のお母さん?」
 「P店の1階でブティックを開いてるの」
 「へえ、凄いな。店を持ってるんだ」
 「そうよ、でも店を持つまでは相当大変だったみたい。私は、あんまり彼女の仕事のことには首を突っ込まないけどね」
 芳樹は、彼女という言い方を聞いて結構自立しているのだと思った。どんな女性なんだろう、詩織の母は、一度見てみたいと思った。
 「ここは、前から知っていたの?」
 「ああそうだよ、なぜか不思議なくらい目立たない公園だよね。周りに家がある割には人も少ないね」
 「そうね、のどかで気持ちの良い公園なのに」
 「まあ、遊ぶようなところや、何か変わったものがあるわけでもないからだろうか」
 「そうかもしれないわね」
 「ここは、君によけいな噂でも立つと悪いと思って選んだんだ」
 「そうなのかなと思っていたわ」
 「もうすぐ、紅葉の季節になるね」
 「もう、間もなくだわ」
 公園の木々も少し色づき始めていた。
 二人の間を、柔らかな風が抜けていった。

 「遅くなるから、そろそろ帰るわ」
 「そうか、いつまでも勉強の邪魔をしちゃ悪いものな。ところで、またいつか会える?」
 芳樹はさりげなく聞いたつもりだったが、われながら言葉が少し上ずっていた。
 「いいわよ、でもなかなか時間が取れないかもしれないの。だからメールちょうだい。私も送るから」
 「いいよ。アドレス教えて」

 「これから、どうするの?」
 「今日は、店は休みだから。これから部屋にもどるよ」
 「お酒飲むの?」
 「ああ」
 「ちゃんと学校行きなさいよ」
 「君に言われるとは参ったな。受験勉強頑張れよ」
 「ありがとう」
 「それじゃ、ここで」
 「今日は、ありがとう」
 「こちらこそ」

 二人は、道を別れた。しばらくして芳樹が振り向いた。傾いた陽が詩織の背を照らしていた。芳樹は彼女の後ろ姿を眩しく感じていた。

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