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第十五章 恋人

 秋が深まって、校舎の木々も色づいてきた。
 僕は、これといって変化のない穏やかな高校生活を過ごしていた。里崎とはすこしずつカップルらしくなってきたと思う。受験が少しずつ近づいてきて、いよいよ進路も最終的に決める段階になってきた。クラスメート達も、段々受験モードになってきた。
 昼休み谷川が、僕のところに来た。今晩、家に来るということだった。

 英晃がのっそり入って来た。
 「しばらくぶりだな、ここにくるのも」
 「そうだな、お前の親父さんが忙しかったんだろう?」
 「ああそうだ」
 「最近は、夜になるとちょっと肌寒いな」
 「そうだな、時が経つのははやいよな。もう秋も真っ盛りというところか」
 「お前らしくもないな、そんなしんみりしたことを云うなんて」
 「俺だって、物思うことはあるさ。ところで、お前、里崎と付き合っているんだって?」
 「そんなことが、耳に入ったか?」
 「ああ、おれは友達が多いからな。この前聞いた時は、好きな子は居ないって云ってたくせに、隅に置けない男だ」
 「この前は、まだそんなところまでいってなかったからな」
 「里崎はいい子だ、大切にしたらいいぞ。実はずっと前に、彼女にアタックしたことがあるが、軽くかわされたんだ」
 「おまえは、誰にでも手を出すんだな」
 「そう云うなって」
 「まあ、いいけど。進路は決めたのか?」
 「ようやく、決めたよ」
 「どうするんだ?」
 「東京に行くことにした」
 「そうすると、OBの関係か?」
 「そうするつもりだ」
 「どうして、そう決めたんだ?」
 「ああ、彼女が東京に行くっていったからさ。それと、俺はこの前の模試の結果じゃそこがいいところさ」
 「かのじょも大学か?」
 「ああそうだ」
 「でも、彼女必ず入学できるとは限らないんだろう?」
 「どこかに、もぐりこむって云っていた。金持ちのお嬢さんだからな」
 「なるほどな」
 「向うにいったら、付き合うんだろう?」
 「もちろんさ」
 「まさか、結婚を考えているとか?」
 「おいおい、俺達の年を考えろよ。まあ、先のことは分からないがな」
 「そうか」
 「それより、お前はどうなんだ?」
 「ああ、俺は札幌に行くことに決めた」
 「そうか、頑張れよ。今のお前なら、大丈夫さ」
 「うん」
 「里崎はどうするんだ、札幌に行くって云ってるのか?」
 「ああ、まだはっきりは云ってないが。そんなことを云ってたな」
 「ちゃんと、彼女と話したらいいぞ。付き合いたいんだろう?」
 「ああそうだ」
 英晃に云われて、改めてそう思った。二人で、このことは話しをしたことはあるが、まだあいまいなままであった。それは、二人の間柄がそういうことだからだと思った。お互いに好きだと思うが、はっきりそう云ったことはなかった。
 「それにしても、お前の云ったように、もう卒業まで半年もないんだな」
 「そうだろ、もの思うわけさ」
 「そうだな、半年後にはもう学校に居ないってことがなんか信じられないような気がするよ」
 「そうだな」
 それから、僕達はしばらく押し黙った。さっき、入れたテレビでは、芸人SPという番組をやっていた。二人で、暫くぼんやりそれを見ていた。英晃はいつものスナック菓子をつまみながら、早速テレビに集中していた。

 番組が終わると、英晃は大きく伸びをした。
 「なんてことはないけど、なんかつまんないな」
 「なんだ、いったいどうしたんだ?」
 「このまま、卒業しちまうことがよ」
 「どうして」
 「だってそうだろう、思い出らしい思い出ができなかった」
 「そんなことは、ないだろう。クラス対抗のサッカーや修学旅行や、いっぱいあるだろ」
 「それは、いいんだ。要は、はめを外したって言うか、青春の目一杯の思い出さ」
 「おいおい、なんか変なことを考えているんじゃないか。ごたごたを起こすのは止めとけよ」
 「ああ」
 そう、英晃はいったが、僕は彼の性格からすこし心配になった。卒業間際にトラブルなんて起こしてほしくないと思った。
 「ところで良祐、彼女とキスはしたのか?」
 「まだだ!」
 私は、少しむっとして答えた。
 「お前こそ、思い出を作っておけ。里崎とはどうなっていくか分からんが、二人のこの高校三年という時は、二度とないんだぞ」
 そう云われた私は、英輔もいいことを云うなと思った。確かに私もそういうように感じていたのだ。三年間と言うのは長いようで短いのかもしれないと、最近感じることがあった。

 僕は、恭子をデートに誘った。デートといっても、そんなたいしたものではなかった。季節が良いから、森林公園に紅葉を見にいかないかというものだった。彼女は、私が誘ったことを驚いているようだった。考えてみれば、なんだかんだといいながら、彼女がリード役だった気がする。彼女の返事はもちろん、OKだった。

 待ち合わせは二時にした。その森林公園は、そんなに遠いところではなかったから、一番暖かい時に行こうと決めていた。僕は、自転車に乗ると、恭子の家に向かった。
 「天気が最高ね、良かったわ」
 「そうさ、僕の行いがいいからさ」
 僕は、胸を張って云った。
 「あら」といって、恭子が微笑(わら)った。
 それから、二台の自転車で僕達は、森林公園に向かった。

 その森林公園には、植物園もあった。せっかくだから、見ていくことにした。温室には、南方の珍しい木や草があって、恭子も喜んでいた。子供連れの家族が多かった。
 それから、僕達は森の散策路を歩いた。森に入る前はとても暖かかったが、中に入ると高い木々に覆われてひんやりした。針葉樹林であった。
 夏は人が多いが、今時だから休日にしては少なかった。それでも、時折路を歩いている人とすれ違った。
 「こんなところ来たの、中学の遠足以来だわ」
 「たまには、いいだろう?」
 「そうね、寺島君こんなところ知ってるなんて、意外だったわ。よく来るの?」
 「僕はわりとこういうところが好きなんだ。ここは、二三度来たことがあるんだ」
 「ところでこの林、距離はだいぶん歩くの?」
 「そうでも、ないよ。もうすぐ、この散策路を抜けると明るいところにでる」
 そこを抜けると、日当たりの所為か広葉樹の茂った明るい場所に出た。そこから、下に向かって細い道があった。
 「ここは本当に、山道という感じね」
 しばらく、歩くと少し広くなっているところに出た。
 「ここ、気持ちのいい場所だろ。ねえ、コーヒーを持って来ているんだ。ここで、飲もうか?」
 「あら、いいわね。気が利くこと」
 「一応ね」
 僕は、ザックから缶コーヒーを取り出すと恭子に渡した。そうして、用意してきたハンカチを切り株に被せて恭子を座らせた。
 「平和ね」
 「そうだね」
 「こんなところに居ると、なにもかも忘れそうね」
 「受験とか、そんなこと忘れられたらいいかもしれない」
 「でも、また明日から学校だよ」
 「そういうこと」
 そのとき、下から二人連れが歩いてきた。山登りの服装である。どうやら初老の、ご夫婦のようであった。
 「ねえ、恭子。デジカメ持って来ているんだ。写真撮ってもらおうか?」
 「いいわよ」
 「こんにちわ」
 僕が、声を掛けた。
 「やあ、こんにちわ」
 「すみませんけど、写真撮ってもらえませんか?」
 「いいとも」
 僕達は大きな木の下で、少しはにかみなから写してもらった。
 「あなた達、恋人?」
 婦人が聞いてきた。
 「ええ」
 少しとまどったように僕がそう云うと、恭子はうつむいていた。
 「いいわねえ、若いカップルって」
 「君達は、高校生かい?」
 「そうです」
 「そうか、君達は仲が良いんだろう。ずっと、そうだといいね」
 「どうも」
 二人は、手を振ると道を登って行った。
 「私達、恋人に見えるのかしら?」
 「そうだと、思うよ」
 「恋人かしら」
 「そうだよ」
 恭子は、私の目をみて微笑んだ。
 僕は、彼女を引き寄せると木の陰で肩を抱いた。そうして、顔を近づけた。彼女はじっとしていた。
 僕は、彼女の唇に自分の唇を重ねた。彼女の、唇はとても柔らかかった。

 それから、僕達は細い道を下って駐車場に向かった。

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