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第十六章 西日の当たる部屋
北の陣屋での一日も終わった。
「おつかれさん」
店を出ると、それぞれ声を掛け合って別れた。
宗方は、道を歩きながら携帯を確認した。メールがいくつか入っていた。その中に、詩織からのものがあった。それを確認すると、宗方は携帯を閉じて急ぎ足で歩き始めた。部屋でゆっくり見るつもりであった。
宗方は、風呂から上ると途中で買ってきた缶ビールの栓を開けた。ひとくち呷(あお)るように飲むと、携帯を手にとって開いた。
「こんばんわ、宗方さん。今はまだ、仕事の真っ最中でしょうね。私は今、受験勉強の一休みというところよ。先日は、ありがとう。楽しかったわ。宗方さんって、苦労人なんですね。私いろいろ考えさせられました。いよいよ最終希望校も決めなければならないんで、大変です。ところで、宗方さんは卒業したらどこに就職するつもりですか?よかったら教えてください」
宗方は、それを見て微笑んだ。早速返信することにした。
「これを読むのはおそらく、おはようだろうな。先のことは分からないよ。だけど、やはり東京かその周辺の関東になる確率は高いと思っている。実家のことを考えると、札幌の方がいいんだろうが、やはり仕事の内容からそうなるんじゃないかと思ってる・・・芳樹」
返信が来たのは、昼休みだった。芳樹は大学のラウンジにいた。
「こんにちは、そうですか、私も札幌か東京か悩んでいたんだけど、思い切って東京にしようかなと思っています・・・詩織」
芳樹は、早速返信した。
「お母さんは、どう云ってるんだい?相談はしてみたの・・・芳樹」
送り終わると、速攻でメールが入った。
「母さんは、私のしたいようにしなさいって言ってくれるの、そのへんは割りとさばけているの・・・詩織」
芳樹もすぐ返信した。
「そりゃ、いいんじゃないか。自分の夢があるなら、それを一番に考えたら?・・・芳樹」
返事は来なかった、昼休みが終わったのだろう、芳樹は思った。
その夜も、メールが入った。
「こんばんわ、昼間はごめん、友達が来てメールできなくなったから。今、コーヒーを飲んでいるところです。志望校のことを考えたりしています。それで、宗方さんにも色々相談に乗って欲しいと言うか、参考意見なんか聞かせてもらえたらいいなって思っています。だから、今度宗方さんの所に一度遊びに行きたいなと思っています。どうですか?・・・詩織」
「もちろん、OKです。大歓迎です。きれいにはかたづけておきますが、むさ苦しいところなのでそのつもりで来て下さい・・・芳樹」
掃き溜めに鶴かな。そんなことを、考えながら芳樹は其の夜、嬉しさの余りすぐには、寝付かれなかった。
詩織が、芳樹のところを訪ねてきたのは、次の日曜日のことであった。
「こんにちは」
「やあ、待っていたよ。ここすぐに分かった?」
「教えてくれたとおりで分かったわ」
「それは、よかった。中にどうぞ」
「あら、意外に綺麗ね」
「念をいれて、かたずけたんだ。でもね、僕は割りと普段からきちんとしていると思うよ。大学の友達なんか、結構ひどいよ。ある、先輩の部屋を訪ねたときは驚いたよ。ゴミの中で寝ていたんだけど、何とそのゴミの山が傾斜していたんだ。それくたらい溜まっていたんだね。あれには、僕もおどろいたよ」
「そんなに、ひどい人もいるんだ?」
「まあ、そんなひとはめったにいないけどね」
「建物も、宗方さんから聞いて想像していたのよりは、良かったわ。宗方さん大げさなんだもの、まるで屋根でも傾いているような言い方だったから」
「そりゃありがとう。一応マンションなんて名前がついているけど、実態は古いアパートさ。まあ安いのは取り柄だけれどね」
「ショートケーキ持って来たの、二人で食べましょう」
「ちょっと待って、今コーヒー入れるから」
その間、詩織は部屋の中を珍しそうに見ていた。
さっぱりした部屋だった。あまり物がない。唯一目立ったのが本棚であった。大学の関係か、電気関係の専門書があった。あとは小説らしい、文庫本が多かった。
「どうぞ、インスタントだけど」
「ありがとう。ここは静かなところね」
「ものは言いようかもしれないね。寂(さび)れているといったほうが正しいかもしれない。結構空き家が多いんだ。皆やっぱり新しいマンションとかに入るんだろうな」
「そうなんだ」
「ところで、志望校は決めたの?」
「ええ、やっぱり東京にしようかと思っているの」
「へえ、どんな仕事をしたいの?」
「できれば、出版関係の仕事に就きたいと思っているの」
「それは、すごいな」
「そんなに旨くいくかどうか分からないけど、そんな関係の仕事をしたいって思っているの」
「目的を持つってことは、いいと思うよ。頑張り甲斐があるよ」
「宗方さんも、東京だったら、向うで会えるかもしれないね」
「そうなれば、いいね」
西日が、壁を照らしていた。二人の間に僅かばかりの静寂が流れた。
「一人で、生活するのって大変でしょう。料理なんかも自分でするんでしょう?」
「慣れたら気楽なもんだよ。料理は一応やるよ。家に居たときも、ほら母が働いていたから、料理は僕の役目だった」
「そうだったわね」
「詩織さんも、東京に出たら一人暮らしだね」
「そうなるわね」
「でも、詩織さんならきっと、ちゃんとやれるよ」
「あら、そう思う。ありがとう」
「でも、そうなるとお母さん寂しくなるんだろうな」
「そうね、でも私母さんはもしかしたら、再婚するかもしれないと思っているの」
「えっ、そんな話があるんだ」
「いいえ、そんな話はないけれど、そんな感じがするの。というよりその方が母にとって良いんじゃないかと最近思うようになってきたの」
「どうして?」
「だって、母はまだそんな年ではないわ、これから先ずっと一人で生きていかなければならないってことはないと思うの。今までは、私がいたからそんなことを考える余裕はなかったと思うけど、これからは違うと思うの」
「なるほどね、そうかもしれないと僕も思うよ。志望校のことはお母さんに話したの?」
「まだ、これからよ」
「そうしたら、そのこともお母さんと話しをしたほうがいいかもしれないね」
「私もそう思っているの」
芳樹は、そんな話しをしながら詩織はとてもしっかりした女の子だと思った。そうして、自分のいるこの部屋がいつもの部屋と違って感じられた。女性がいるとやはり、なんとなく華やかに感じられた。ずっと、ここに居てくれたらいいのに、そんなことを考えていた。
暫くしてから、詩織がそろそろ帰ると云った。
「また、遊びにおいでよ」
「ええ、ところでもうすぐ、私のうち引越しするの。落ち着いたら、私の家にも遊びに来ない?」」
「もちろん、喜んで。引越しするなら手伝おうか?」
「ありがとう、手は足りているからいいわ」
「家まで、送ろうか」
「いいえ、いいわ」
道を、二人で歩くのはやはり見られたくないのだろうと思った。
「それなら、そこの通りまで送るよ、それならいいだろう」
「ええ」
二人で並んであるいた。
「紅葉が、きれいになってきたね」
「それが終わると、枯葉の季節ね」
「そうして、冬が来て、春が来る」
「なんか、そんなことを云うとおかしいわ」
「そのころは、どうなっているのかなと思って」
「誰が?」
「詩織さんさ」
「芳樹さんもね」
二人は、目を合わせて微笑んだ。
「それじゃ」
「ありがとう」
芳樹は、暫く詩織の後姿を見送っていた。部屋に戻ると、芳樹は詩織の座っていたところをじっと眺めた。また、会いたいと思っていた。
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