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第三章 出会い
「おい、寺島、いったい何の用事だったんだい」
谷川が聞いてきた。
「いや、進路のことさ。例のレポートのことで、話をしたかったということさ」
「なるほどな、お前は大澤から相当期待されているんじゃないか」
「まあ、ここのところ結構調子はよかったからな。大澤も、いよいよラストスパートだから、頑張れって云っていたよ」
「俺には、全然そんな声はかからないよな。もっとも大澤には、認めてもらってもうれしくはないがな」
「俺だって、同じさ」
「そう云うなって、お前は別さ。ところで明日は休みだな、昨日、親父達がお前のうちにしばらくぶりに遊びに行こうかって話をしていたぞ」
「そうか、今日は親父は何もなかったはずだから大丈夫じゃないか、お前も来るんだろ」
「もちろんさ、いつものやつ用意しておいてくれよな」
彼の好物の、スナック菓子のことであった。昨日は、母はなにも云ってなかったから、今日電話を入れたのに違いない。
始業のチャイムが鳴ったので、そこで僕達は席についた。
僕は、恭子のことが気になってそれとなく見ていた。だが、彼女はいつもと変わらず、他の女生徒とはしゃいでいた。でも、まったく僕の方を見ようともしないのには、少しがっかりした。それでも、かえってそれは僕を意識しているからなのではないかとそんな風にも思った。
昼の弁当を食べ終わると、僕は図書室に向かっていた。男子は、体育館に行ってバスケットをするか、グラウンドでサッカーをするものが多かった。もちろん、それが全てではないが、それが多数派であったことは間違いないだろう。芝生に庭に出て日光浴を楽しむとか、教室に残ってぼんやりしているとか、僕みたく図書室に行く連中は少数派であることは間違いなかった。
廊下でたまたま、大澤とであった。もちろん顔を会わせてはいたが、面と向かって話をするのは、今日は初めてであった。
「やあ、寺島。昨日は使って悪かったな」
「いえ、どうってことないですよ」
そこで、僕は気になっていたことを聞くいい機会だと思った。悪いけど、鎌をかけることにした。
「ところで、先生は恭子の店を使ったことはあるんですよね」
「そりゃああるさ、何度か行っているよ」
「ところで、隣の娘さん見かけました。先生は知っていますか」
「お前、里崎の親父さんから何か聞いたのか」
「いいえ、ちょっと変わっている人だなと思ったので、先生も知っているのかなと」
「いいや、隣の娘さんだとは知っているくらいだよ」
「そうですか、それじゃ」
そこで、僕達は、別れた。僕は、心の中で手をたたいていた。大澤は、見事に誘いに乗ってきていた。普通ならば、知らないのであれば、怪訝な顔をするはずであったろう。知っているとしても、ただ、ああ、と答えてもよいはずであった。だが「里崎の親父」という予想もしない言葉を返してきた。僕は、彼女と大澤とは何かの繋がりがあることを確信していた。そうしてなぜ、恭子の父親をそういう言い方をしたのだろうとも思った。僕の頭の中はそんな疑問で一杯であった。だから、きっと前をよく見ていなかったのだと思う。
廊下の角をまがったとたん、誰かとぶつかってしまった。
本が、廊下に音をたてて落下した。
「あーあ、なんだこりゃ」
そう云ったのは、四組の野瀬和彦であった。両手で本を抱えていた。そうして、僕のぶつかった相手は同じ組の、相川詩織であった。呆然としていた。僕は、なにが起きたのかようやく理解した。
「ごめん、一寸考え事していて、前をみていなかったものだから。今拾うよ」
「いいのよ、こちらこそ、話に夢中になっていたものだから」
そうして、僕は何をあわてたというのだろう、本を掴もうと思って、彼女の手を握ってしまった。彼女は、小さい声でいった。
「あら」
頭の上から、野瀬の咳払いが聞こえた。そうして、僕はやっぱり相川のかすかな甘い香りを感じて、なんともいえない気持ちになった。本当にそれは一瞬のことであったけど。
落ちていた本に、目を走らすと、ずいぶん固い内容の本ばかりであった。「地球温暖化」「森の未来」「オゾン層の・・・」というようなタイトルが飛び込んできた。彼女が、本を抱え終わると、僕は言った。
「本当に、ごめん。けど、こんなに固いタイトルばかりあつめて、なにかするの」
遣れ遣れといった表情で、野瀬が云った。
「今度の、文化祭のうちのクラスのテーマさ、その資料というわけさ。君たちのクラスは、決まったのかい」
「いいや、まだだ」
「君らは、相変わらずだね。そろそろ、決めたほうが良いと思うんだけどね」
そういうと、二人は歩き出していた。僕は、二人の後姿を見ていた。野瀬の皮肉たっぷりの言葉も、気にはならなかった。なにせ、マドンナの手を握ってしまったのだから。
僕の居る二組と野瀬のいる四組は今までことあるごとに、張り合ってきた。みごとにカラーの違うクラスであった。四組は、僕達から見ると異常といっても良いくらいまとまりのよいクラスであった。というより、野瀬が仕切っているクラスといった方が、良いかもしれない。なにせ、野瀬は成績優秀、弁も立つ、そうして生徒会長でもあった。彼のクラスは、あらゆることに一糸乱れぬといって良いほどの団結力を示していた。
片や、我がクラスは実にいい加減というか、適当というかつかみ所のないクラスであった。良く言えば、個性が歩き回っているクラスといえば言えないこともない。しかし、個人主義が全てかというとそうでもなく、相手に干渉しないという風潮はあっても決して友達甲斐が無いということはなかった。だから、僕自信はこのクラスの自由な雰囲気がとても気に入っていた。
この高校のサッカー部はかつて強豪と呼ばれた時期があった。そのせいか、サッカーは体育の正課にも取り上げられていて、生徒の人気も高かった。そうしてクラス対抗のサッカー大会が、この高校での伝統ある行事の一つになっていた。この行事にかける生徒達の執念は大変なものであった。そうしてこの覇者をカラーの全く違う、個人技の二組とチームプレーの四組が争ってきたのであった。
相川は、そのクラスの委員長であった。才色兼備の彼女は僕らの学年のマドンナであった。正直なところ、僕も彼女にはほのかに好感を抱いていたのは事実だった。それが、先ほどの出来事の所為ですっかりヒートアップしていた。だが、僕は恭子のことを思い出して複雑な思いになった。やっぱり、結局のところ二人とも好きだと思った。
外に車の止まる音がした。谷川一家が来たに違いない。間もなく英晃が入ってきた。
「よう、何していた」
「お前が来るまでと思って、少し勉強していたよ」
「さすがだな、秀才はそういう努力を欠かさないというわけか」
「そう云うなって、たいしたことはやっていないんだから」
彼は、その大きな身体をもてあますように、どっかと胡坐をかいた。
「おまえの部屋には、ゲームもなくてつまらないよな。テレビでも付けてくれ」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
僕はパソコンの電源を入れると、ディスプレイの位置をずらした。テレビ画面が立ち上がるまで少しかかる。
「今日は、親父さんたちゆっくりしていくつもりなんだろう」
僕は、聞いた。
「ああ、そのようだな。だからいい加減になったら、俺は先に帰るつもりだから」
「そうか」
ようやく立ち上がった、テレビ画面のチャンネルを英晃はあちこち映していた。結局彼が選んだのは、バラエティ番組だった。
母が、ドアを開けて。ジュースと菓子を持ってきた。
「英晃君、ゆっくりしていって」
「ええ、でもい加減になったら帰ると思うので」
「そう、下では、もう旦那たち始めているわ。今晩は遅くなるかも知れないわね」
英晃は、好物のスナックの袋を開けると、早速口に運び始めた。僕は、普段バラエティ番組を見ることは、ほとんどなかった。でも、英晃と一緒に見ていると、結構楽しかった。僕達は、たわいもない話をしながら、その番組を見ていた。内容は、ばかばかしかったが、笑えた。
しばらく、その番組を見ていた。英晃が、突然こう云い出した。
「お前は、誰か好きな女の子でもいるのか?」
僕は、ちょっと躊躇したがこう答えていた。
「いいや」
「そうか、じゃあ、キスしたこともないんだな」
「そうだ」
「ふうん、やっぱりお前は、真面目なんだ」
「よせよ、ダサイと思ってんだろう」
「いいや、そんなことはないよ、人それぞれだからな。実は俺好きな子ができたんだ」
「ということは、誰なんだその子は、僕の知っている子か?」
「いいや、おそらくお前は知らないと思うよ、H高校の生徒さ」
「何で、知り合ったのんだ?」
「友達の紹介さ、俺のファンだってね」
バスケット部の谷川といえば、ここら辺りでは結構知られた存在だった。女の子のファンも多いと聞いていた。何人かの噂も流れたが、僕が彼に聞いた時には、一寸した遊びさとしか答えなかった。僕は、谷川は皆の云うようにちょい悪だと思っていた。
「なんか、えらく好きになっちまって、勉強なんか手に付かないって感じさ」
「ふうん、お前キスだけでは終わってないんだろう」
谷川は、言葉を濁して、それにはこたえなかった。僕は、余計なことを云うつもりはなかったが、それでもこう云わずにはいられなかった。
「恋愛もいいけど、これからどうするかは、もっと大切かもしれないよな」
「それは、分かっているけど、実際のところ、どうしたらいいのか、自分でも分からなくなっている」
「親には、話したのか」
「ばか、云えるわけないだろ。だから、お前に話してんだ」
「そうだな、まあ、どうにかなっていくだろう」
「冷たい、言い方だな」
「僕にどうすることもできないだろう。どうにかするのはお前さ」
「そうだな」
「また、話したくなったら、来いよ」
「そうする」
もっと聞きたいこともあった。だが、谷川はそれを望んでいないと思ったから、それ以上は立ち入らないことにした。谷川は進路のことで悩んでいた。希望する大学は、あったが学力的には厳しかった。部のOBの引きで入れる大学はあったが、彼にとって魅力の乏しい大学であった。そうして第三の選択肢があった。彼の父親の会社を継ぐことであった。彼の父は、地元で広告関係の会社を経営していた。
そこに、彼女のことがからんだら、もっと話がややこしくなるだろう。いや、もしかしたら簡単になるのか?彼女の進路はどうなのだろう、それによるかもしれない。僕はそんなことも考えた。
それから、また、僕達はたわいのない話に戻っていった。
「そろそろ、帰るわ」
彼がそう、云った時には10時を回っていた。
「そうか。明日は、どうするんだ」
彼は、にやっと笑うと云った。
「彼女と、会うさ」
「おまえ、地元に残ろうかと考えているんじゃないか」
「うん、どうしようかなと」
「どちらにしろ、お前が決めることだ」
「そうだな」
「気をつけて帰れよ」
「ああ、それじゃ」
谷川の家は、ここからそう遠くはない。それでも歩けば三十分は充分にかかるだろう。彼は、いつものようにトレーニングだと云って、走って帰って行った。僕は、窓を開けて彼を見送った。階下からは、親父達の大きな笑い声が聞こえてきた。谷川の白いジャージの背中が角を曲がって見えなくなるまで、僕はじっと立っていた。
僕は、その夜、ベッドに入ってから、いろいろ、考えていた。正直、先ほどのことで僕は少なからず、ショックを受けていた。谷川が妙に、大人に見えた。谷川に、あのように云ってはみたが、自分ならどうなんだろうと思った。そうして、恭子の顔を思い浮かべていた。それから、マドンナとのことも思い出していた。そうして、僕は眠りに落ちていった。
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