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第七章 恋の行方
人間というのは、やっぱり第一印象はおおきいものだと思う。
恭子が、遼子を見たとき、とても親近感を感じた。
「あなたが、恭子さん。私、藤原遼子っていいます。大澤さんとは、学生時代からの友達なんです。こちらに来たときはまた、寄らせてもらうと思うので、よろしくね」
「始めまして、ようこそいらっしゃいました。大澤先生にはお世話になっています。先生、今晩のことは、口外しませんからね」
「ああすまんな、でもな、よくよく考えれば何もやましいことをしているわけではないのにな?」
「先生、本当にそうですか?」
恭子は、意味深な目で大澤の顔を見つめた。
「おいおい、なんてことをいうんだい、そのとおりさ」
遼子は、恭子の様子を見ていた。この女の子は何か知っているのかもしれない。ふっと、そんな考えがよぎった。
「遼子さんは、夜行で帰るそうですね。それじゃ、時間はまだありますね。よかったら私の部屋に、いらっしゃいませんか?」
「いいの?涼一、じゃちょっと行ってくるわ」
「あれ、俺も行こうかな」
「男性は、禁止です。女どおしの話があるんです」
恭子が、そう云うと、遼子がそそくさと席を立ち上がった。
大澤ばかりか、恭子の両親もその成行に驚いていた。すこし酒が、入っていたから、まあ遼子がすこし大胆になってもおかしくはないかもしれないが、それにしてもなぜ、恭子が急にそんなことを、云い出したのだろう。三人は、二人の背を見送っていた。
「先生、まあ、間もなく戻るでしょうから、ぼちぼちやっていてくださいよ」
「二人は、何か気が合ったみたいですね。ところで、大将」
と大澤が云った。隆造のことを大将と云いだしたということは、アルコールのほうがそろそろ身体にしみ渡ってきたということなのであろう。
「まさか、これから、この店に亜季がくることなんてないですよね?」
「先生、ひとつはっきりさせておきたいことがあるんです。今回のことは、決して悪気があってしたことではないことは、分かってくれますよね?」
「ああ、それは良く分かっています。でも、遼子がこの店に来るのには閉口しました。だって、亜季と鉢合わせをすることがあるかもしれませんからね」
「安心してください。今日は大丈夫ですよ。本当なら今日は、亜季の店も休みのはずなんですが、なんでも、おなじみさんのリクエストで、店を開けたそうですから」
「そうなんですか」
「しかし、そういうことではなくて、私が前から云っているように、もうすこし、自分というものをきちんとしなければならんでしょう」
「それは、よく分かっていますよ。でも、人生というもの、すべからく数式のように割り切れるものではないんです」
大澤は、じつは数学担当の教師であった。
「先生、色男ぶるのも良いが、人を不幸せにしてからでは、取り返しのつかないことというのもあるんですよ」
そういった、隆造の目は、大澤の目をしっかりと捉えて、光を帯びていた。
「こりゃ参ったね」
大澤は心の中でつぶやいていた。
「恭子ちゃんは、テニスをやっているんだ」
「そうなんです、でも正直なところ頑張ってはみたけれど、あまり強くはなれなかったんです」
「ふうん、でも、テニスはやっててよかったと思ってるんでしょう?」
「そうですね、友達も出来たし、楽しいこともたくさんあったから」
「強くなれたほうが、それは良いと思うけど、それが全てだともいえないしね」
「遼子先生は、何か部活やっていたんですか?」
「ちょっと珍しいんだけど、とてもマイナーだから、恭子ちゃん聞いたらきっと、えっ、て云うと思うわ。だから云わない」
「そんなこと聞いたら、なおさら聞きたくなりますよ。ねえ、教えてください」
「フォークダンスよ」
「えっ」
「ほら、やっぱりそう云ったでしょ」
恭子は、あ、と云って、二人で声を上げて笑った。
「フォークダンスっていうと、何となく、先入観というかある固定概念があるとおもうんだけど、だから民族舞踊といったほうが、もう少し私たちの活動の実態のイメージに近いかもしれないわ。違った国の文化に触れるという面白さもあるし、身体を動かすということでは、少しは運動部に通ずるところもあると思うの。だから、思ったより楽しいものよ」
「そうかもしれませんね」
「ところで、どうして私を、ここに呼んでくれる気になったの?」
「ふうん、気になります」
「もちろんよ、恭子ちゃん大澤先生の付き合っている女の人のこと知っているんでしょ?」
「・・・」
「ねえ、教えて、私そんなにゆっくり出来ないのよ」
「少しだけ、教えてあげる。その人、隣の娘さんよ」
「えっ」
「小さい頃からの、幼馴染なの。お姉さんみたいな人なの」
「どんな人」
「結構型破りっていうか、はではでで、とても美人よ。でも、ただ化粧が上手いだけだと思うけど。スナックに勤めているんだけど、男の人って、見かけに参ってしまうのね」
遼子は、その言葉を聞いて、不安が胸の中から湧き上がってくるのを、感じていた。
恭子は、彼女のその表情の動きを見逃さなかった。
「遼子先生、私がここで話したことは、絶対内緒にしてくれる?」
遼子は、我に帰ったように気が付くと、ええ、と答えた。
「私は、二人はこれから、あまり発展しないような気がするの。だから、先生は大騒ぎしないほうが良いと思うの」
「そう云ってもらうと、気休めにはなるわ」
「そんなことありません、本当です」
恭子の目は、真剣だった。遼子は、彼女の目をみて、少し心がおちつくことが出来た。そうして、どうして、恭子は私に、このようなことを話そうとおもったのだろう。もしかしたら、彼女は恋をしているのかもしれない。あるいは、恋そのものに、つよい憧れや興味をいだいているに違いない、そう思った。
「恭子ちゃん、あなた好きな男の子がいるんでしょ?」
彼女は、驚いたように目を瞠ると、ええ、と小さな声で答えた。
「私のことを、心配してくれてありがとう。あなとたも、うまくいくといいわね」
間もなく、列車は発車するはずだった。
遼子は、ホームの上で大澤と向き合っていた。
「今日は、来て良かったわ」
「そうか、結構あわただしかったけど、楽しかったね」
ベルが鳴った。遼子は、列車のステップに上った。
「仕事、頑張ってね。それと、お酒のみ過ぎないようにね」
「ああ、分かってる」
「札幌で、また会おうね」
「そうだね」
そうして、ドアがゆっくりと閉まった。
遼子が小さく手を振ると、大澤は手を上げた。
列車が、ゆっくり動き始めた。そうして、遼子は、大澤の姿が、遠ざかっていくのを見つめていた。
遼子は、寝台の番号を探すと、横の取り付けの小さな椅子に腰掛けた。窓から見える夜景を眺めていた。やがて、目の前を通り過ぎる灯りの数もだんだん少なくなっていった。街外れにきたのであろうか。外は、闇が埋め尽くしていた。
遼子は、すこし物思いに耽っていた。大澤とは、大学時代に知り合った。はっきりした結婚の約束など、したことは無かったが、二人の間にはそのことが暗黙の了解のようなものになっていた。大澤は、地方のこの街に赴任した。そうして、遼子は地元の札幌の、学校に勤めることが出来た。
いわゆる、長距離恋愛ということになるのであろうか。いままでそんなことは、考えてもいなかったが、今回の話が、遼子の心に小さな波紋を起こした。
でも、会いに来て良かったと思った。すくなくとも、大澤の態度に、よそよそしいものを感じることはなかった。でも、これからのことはわからないと思った。ただ、一つ間違の無くいえることは、明日から、また新しい日々が始まるということであった。そうして、次は、札幌で大澤と会うことになるだろう。
遼子は立ち上がると、椅子を収めた。夜行寝台特急は、札幌を目指して、疾走していった。
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