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第四章 再会
目が覚めたとき、呑みすぎたなとは思ったが、それでもとんでもなくひどい状態にはなっていなかった。それは、大澤は今日家族サービスが待っていたし、私は私で、一応仕事の合間だという意識があったから多少の歯止めがかかったのだと思う。僕達のたがが外れたら、もっとひどいことになっていたのは、間違いないだろう。そうか、
きょうはそうかクリマスイブか、布団の中でなかで私は改めてそう思っていた。あまり、食欲はなかったが、母に進められるまま遅い朝食をとると、私は家を出た。そうして、外に出た私は、ひどく驚いた、あたり一面は銀世界であった。昨日までとは、まったく違う景色がそこに広がっていた。そういえば、昨夜のおぼろげな記憶の中では、そうだ、雪が降っていたのだ。
私が、なんでこんなに早くから?外出しようと思ったのには、理由があった。今日一日の時間を無駄にしたくなかったからである。思い出の場所をあちこち行ってみようと思っていた。最初は、街外れの本屋に行ってみようと思っていた。それは、この街の思い出させてくれるような、本を一冊買って帰りたいと思っていたのだ。この街の家屋地図は、真っ先に思い浮かんだものだったが、サイズが大きすぎる、持ち帰るにはもっといいものがあるのではないか、それを探すつもりであった。
たった一晩なのに、そこそこの積雪であった。想定外なのであったろうか、除雪は大幅に遅れているようだった。私は歩道を歩いていたが、もちろん除雪はなされて居なかった。だが、踏みつけ道が出来ていたから気をつけて歩けば、歩くのには実際のところ困ることはなかった。
私は、その細い一本道を踏み外さないよう、下を見ながら歩き続けていた。だが、先の方から、こちらに向かってくる一人の女性の姿を捕らえていた。この道幅では、そのまますれちがうことは出来ないことであった。私は、一瞬迷ったが、自分が道をゆずろうと思っていた。なぜなら、私は都会の生活が長くなっていた、だから多少なりともレディファーストの習慣というものが身についていたのだと思う。それに、昔の自分なら、そうは思わなかったと思うが今は変な意地をはるつもりはなかった。ある意味で仕事を通して学んだことだった、どうしたらものごとというものが上手くいくのか。物事の本質からは、意地とかこだわりはつまらないもののように思えた。もちろん、そのときそんな大げさなことを、考えていたわけではないけれど、そんなことも一瞬の判断のなかにはあったと思う。
彼女が、まじかに迫ってきた私は立ち止まると、左側の雪に足を踏み入れた。その女性は、白いコートを着ていた。首に巻いた赤いマフラーとのコントラストが、際立っていた。道を空けた私に彼女は頭を下げた。つられて私も頭を下げて、そうしてすれ違いざまにお互いの顔を見た。
「あら」
「あれ」
「平野君じゃない?」
「聡子だね」
銀色の雪の上で、僕達は向かい合っていた。
聡子は、懐かしげに、私の顔をしげしげと眺めた。確かに、あまり昔と変わっていない。以前より、落ち着いた雰囲気があるのは、時の流れというものを、考えれば、当然のことであったろう。笑ったときの人懐こい表情は、そのままだった。
「驚いたわ、いつこちらに来たの?」
「昨日さ、仕事で札幌に出張になったんだけど、スケジュール調整して里帰りしたんだ」
「そうなんだ、こちらには、毎年戻っていたの?」
「いいや、なかなかねえ」
「そう、ご両親は喜んだでしょう」
「そうだね」
「それで、いつ帰るの?」
「今夜の、夜行寝台で札幌に向かうんだ」
「慌しいわね」
「仕事で来たんだから、仕方がないさ」
「元気そうね」
「ああ、大澤から聞いたんだけど、ブティックやってるんだって?」
「小さなお店よ、遊んでるわけにはいかないでしょ」
「今日は、休み?」
「ちよっと、遅くなったけど、私はこれから、店に出るわ」
私は、話しをしているうちに、かつて彼女に抱いていた、わだかまりが少しずつ消えていくのを、感じた。
「どうだろう、もう少し話がしたいんだ、よかったら今夜会わないか?」
「いいわよ、でも少し遅くなるけど、それでもいい?」
「いいとも」
「店は、七時に閉めるのだけど、それから、姪にクリスマスプレゼントを持っていくの、だから、八時になるわ」
「分かった。どこで待ち合わせる?」
「分かり易い所が、いいでしょ。ロータリーのところでどう?」
「じゃ八時に」
「あとでね」
彼女は、手をあげると、あの笑顔で私と別れた。
本屋に向かう道を歩きながら、私はあの八年前のクリスマスイブを思い出していた。
それまで、何時も四人で会っていたが、私は思い切って、聡子に二人で会わないかと云ってみた。それで、クリスマスイブの今日、私は『ブルームーン』で彼女を待っていた。この店は、いつも四人で来ている店であったが、若者に人気の高い店であった。ちょっと洒落た雰囲気で、グループで行っても、カップルで行っても、落ち着ける店だった。その割には安かった。だから、安心して飲むことができた。
イブのカップル達は、楽しそうに話をしていた。私は、まだ来ない聡子を一人で待っていた。約束した時間は、もうとっくに過ぎていた。彼女は、友達とグループで飲む約束をしていたので、その後になるから八時になるということであった。十分経っても彼女は現れなかった。二十分経っても、彼女は現れなかった。私は、ひどく惨めな気持ちになり始めていた。もしかしたら、彼女は、約束を忘れてしまったのだろうか。いつまで、ここに一人でいるつもりか、私は不安な気持ちで、自問自答していた。
彼女が店に来たのは、丁度三十分経ってからだった。大勢の一団と一緒に入ってきた。ようやく、彼女は私の、テーブルに来た。
「ごめんね、遅くなっちやって。とても、盛り上がって、私を解放してくれなかったの」
彼女は、結構酔っているようだった。いつもより、ずっとハイテンションだった。それでも、私も気をとりなおして、乾杯して間もなくだった。
一人の、男が私たちのところに来た。背の高い男だった。やはり酔っていた。
「なあ、聡子こっちへ来ないか、皆呼んでいるよ」
「ダメよ、こちらに来たばかりなのに」
「そんなつれないこというなよ、さっき告白したばかりだろう」
その男は、強引に聡子の手をつかんだ。私は、彼女はきっと彼の手を振り払うだろうと思っていた。だが、彼女は私の思いもしない行動を選択したのであった。しょうがないという様子で、立ち上がると私に云った。
「ごめんね、平野君。ちょっと行ってくるから」
そうして、結局彼女は、私の所に戻ることはなかった。
私は、先ほどの男の、言葉を思い出していた。それは、彼が、彼女に云ったのだろうか、それとも、彼女が、彼に云ったのだろうか。だが、そのうち、私はそれはどうでもいいという自棄的な気持ちになっていた。とにかく、私にとってその夜は最悪のクリスマスイブであった。それから、一人で呑んだ酒は、苦い酒になっていた。
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