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 青春時代というものは、懐かしく美しいものだというように云われたりするが、それはやはりその人によるのだろうと思う。最高の思い出である人もいれば、ただほろ苦い思い出だけの人もいるに違いない。
 私はといえば、流れの真っ只中にいたはずなのに、どこかいつも何かに乗り遅れていたような、そんな寂寥感を強く感じる。その一方で、当時を振り返ってみると、それなりに自分の心のなかに色々なものがあったし、周りにいた連中は生き生きしていた。だから、そのことを思い出すと、やはり少しは懐かしい気持ちになる。
 現代は、いじめだとか凶悪な犯罪が目に付いて、なんとなく暗澹たる気持ちにさせられることが多い。
 私が高校生だったころは、まだいじめなどどいう言葉はなかったし、教師が生徒を殴ったことで、大騒ぎをすることなども無かった。もちろん、喧嘩はよくあったが、それとて犯罪として取り上げられる程のことにはならなかった。それは、皆心の中に共通のあるなにかがあって、喧嘩の仕方というものも、ある程度心得ていたのだからだと思う。
 番長なるものはいたが、弱いものいじめをするのは、男の恥だというような風潮が残っていた。バンカラという言葉が、まだ死語にはなっていなかった時代のことである。

 私の通っていた高校は、地元では一番歴史のある高校であった。
 当時の建屋は、まだ木造で古き良き時代の香りが残っていた。白樺の木に囲まれた、その二階建ての校舎は、あまり楽しい想い出の無かった私の高校時代の、唯一といっても良いかもしれない、心が和む懐かしい風景であった。
 校舎は上から見ると丁度、ハーモニカの吹き口のような形をしていた。つまり、建屋によって幾つかの中庭が形成されていたのである。しかし、その中庭は一般にあるような、手入れされた芝生の小綺麗な広場などではなかった。特に一番端のその空間は、旧制中学時代から一度も手入れされたことがないような、時代から取り残されたような空間であった。中央が小高く盛り上がって木々が生い茂っていた。池らしきものが見えたが、丈の長い草が邪魔になってはっきり見ることが出来なかった。
 私は、二階の廊下からよくこの中庭を眺めていたが、不思議に思うようになったことが二つあった。
 一つ目は、この中庭に人影を見かけたことがまったく無かったことである。その理由になるのかもしれないが、上から見た限りでは、中庭に面した出入り口らしきものは見当たらないのであった。
 もう一つは、この中庭のことを誰も気にしていないようであったことである。だが、そのことを気にしている私のほうが、もしかしたら不思議な存在だったのかもしれない。
 この高校は進学校であった。したがって、生徒達の一番の関心事は成績のことであった。そうでなけれは、彼氏とか彼女のことであったろう。もちろん全ての生徒がそうだというわけでもなかろうが、それにしてもスポーツとか音楽とか、今風な話題が彼らの興味の対象であった。
 だが私は、そのどれにも当てはまらなかった。
 とにかく、今時の若者が、誰が、古ぼけた中庭になど興味を持ったであろうか。
 しかし、私がその中庭に興味を持っていたのは、皆の知らない私だけの特別な理由があったからである。
 
 ある昼休みのことであった。大概の男子は、体育館に行ってバスケットボールに興じるか、グラウンドに出てサッカーなどをしていた。私も、時折は参加することもあったが、その時はそうではなかった。 私は中庭に面した廊下から、件(くだん)の中庭をぼんやり見下ろしていた。
 その時、陽の光の所為か、木々の間から、何か見慣れないものが見えたのである。私は、じっと目を凝らした。私の成績は中の下であったし、スポーツはからっきしダメな男であった。何かの特技を持っているわけでもない、取り得の無いそんな私の唯一誇れるものが視力であった。健康診断で、視力検査の時だけは、私のちょっとした優越感がくすぐられる一瞬であった。
 私が目を凝らした先には、木の枝の間から軒先にぶらさがった小さな鐘が見えていた。ためしに身体の位置を変えて見るとその鐘を見ることは出来なかった。だから、私がその鐘に気づくことが出来たのは、本当の偶然であったのだと思う。
 一般的にどこの高校もそうであると思うが、私の高校では、授業の開始を告げる合図は、スピーカーから流れるチャイム音であった。
 あの鐘は旧制中学時代に、その合図に使われていた物であろうと、私は確信した。そうして、その鐘が実際に使われていたであろう時代のことに思いを馳せると、普段鬱々としていた私の心が少しだけ和むのを感じた。
 私は、この鐘のことを級友の誰にも話はしなかった。もし話をしても、「それがどうした」と云われるか「珍しいらしい物を見つけたものだ」とは云われるかもしれないが、興味を持たれるのはその場限りになることは目に見えていたからである。だから、誰も知らないこの鐘を見ることは、私の密かな楽しみになっていた。

 それは、私が二年の時のある夏の夕暮れのことであった。
 その日は、私は何かの用事で、居残っていたのだと思う、教室には誰もいなかったのだから。とても明るくて気持ちの良い日だったが、帰り際いつもの習慣で、私はなにげなく件の中庭を覗いた。鐘はいつものとおり変わらぬ佇まいを見せていた。だが、私はそこから少し離れた右手のところにいつもと違うものを見たのである。人影であった。
 それは学生服の後姿であった。よく見ると、誰かと話をしている様子だった。視線をずらした私は、彼と向き合っているのが、三年生の担任をしている三橋という教師であることを知った。
 そのうち、その学生服の男は、思わぬ行動に出た。突然三橋の胸倉を掴むと彼の身体を揺すった。そうして次の瞬間、その男は三橋の顔を殴っていた。三橋の姿が視界から消えた。彼は、尻餅をついたようであった。その男は、三橋に何かを云っているように見えた。 
 それから、彼はゆっくりと左右を振り返ると、その場を立ち去っていった。その時、一瞬彼の顔を見ることが出来た。応援団の副団長をやっている、三年の生徒であった。
 しばらくして三橋が立ち上がっていた。彼は左の頬を手で押さえていた。
 我にかえった私は、胸が早鐘のように打っていることに気が付いた。

 次の日、私は三橋の姿を探していた。そうして、私は彼の左目の下が、青くなっていることを確認した。
 私の、同級生に西村という女生徒がいた。彼女は、陰で「歩くスピーカー」と渾名されていた。そう云われるだけあって確かに口は軽かったのだが、驚きほどの情報通であった。
 私は、それとなくごく軽い口調で、三橋が目の下に痣をつくったみたいだけど、と聞いてみた。彼女は良く聞いてくれたといわんばかりで、私にこうささやいたのである。
「何でも、酒を飲みすぎて転んだみたいよ。あの先公酒癖が悪いんだって。でもね、悪いのは酒癖ばかりじゃないって話よ」
 そういうと、彼女は思わせぶりな、笑い声を上げた。
 聞かないことまで、教えてくれた彼女に、私はその時心底感謝していた。そうして、私は自分の見たことは誰にも話すことはないだろうと思った。話をしても、何の良いことなど起こることが無いと分かっていたからであった。
 そうして、私はその後、副団長が「村上」という名前であるということを知った。

 その事件が、あってすぐ後に、私達は校舎立替のために、臨時校舎に移動することになった。
 そうして、私がふと思いついて、あの中庭を調べてみようとした時には、もうすでに整地が終わっていたのであった。
 おぼろげな記憶を改めて蘇らせると、あの中庭の一階には一般の教室はなかったようである。何かの資料室とか、備品倉庫とか、あるいは文化部の一部の部室もあったようである。もしかしたら、応援団の部室もそこにあったのかもしれない。
 だが、今となっては、どこに出入り口があったのか、残念ながらそれを確かめる術はなかった。
 受験勉強にいよいよ本腰を入れなければならなくなった私は、いつの間にかその事件のことはすっかり忘れ去っていた。成績が、芳しくはなかった私ではあったが、それから必死に頑張った甲斐があって、地元のK工業大学に入学することが出来た。
 そうして、何も無ければその事件のことは、記憶の欠片(かけら)のひとつとして少しずつ小さくなって最後は消え去っていったのかもしれなかった。だが私は、思わぬ巡り合わせでその時の記憶と向き合うことになった。

 私が大学の二年目の時であった、ある知り合いの先輩の伝手(つて)で、私の母校の生徒の家庭教師をすることになった。一応家庭教師という名目であったが、私塾の短期講師といった方が正しいのだろう。現在(いま)の高校で教鞭をとっている島崎という先生の自宅で、夏休みの一部に数人の生徒を教えることになったのである。
 報酬の方は、人数ではなく通常の時給として引き受けることになった。OBの私が選ばれたのは、そんなことも頼みやすかったことが理由なのだと思う。
 その島崎先生は多少お歳は召されておられたが、女性でとてもぱりぱりっとした気性の方であった。私の在学中から在籍されていたが、女子生徒ばかりではなく男子生徒にもすこぶる評判の良い先生であった。だが残念なことに彼女との接点が無かった私は、一度も言葉を交わすことなく卒業していた。
 私が、彼女の家で生徒を教えたのは、10日間くらいであったろう。その間、彼女から当時の学校の色々な裏話を聞くことが出来たことや、とにかく彼女の人柄が、確かに魅力のある人であったから、私にとっては楽しい仕事になった。
 最終日は、話が随分盛り上がって生徒達が帰ってからも暫し話をしていた。その時、どういう経過からであろうか、たまたま三橋先生の話になった。そうして彼女の口から聞いた思わぬ話は、当時の事件と繋がるものだったのである。

「あなたが、二年の時に、三年三組に青山って女の子いたの知らない? とっても、美人で、三年生の男子は皆メロメロだったみたいよ。二年生でも随分あこがれてる生徒が居たみたいよ」
 だが、当時の私はそういうことにはまったく不得手であっことを、彼女には話してあった。
 そうして、その三組の担任が三橋だったのである。
「その青山って子と仲の良い、岬野って子が私のクラスにいたの」
 彼女は当時二組の副担任をしていたことを、私は思い出した。
「ある時、彼女と話をしていたら、その青山が可愛そうだって云い出すのよ。どんなことなのと聞いたら、彼女の母は市内で水商売をやっているんだけれど、三橋が、店にたかるらしいのよ。そうそう、『青い麦』っていうスナックだけど、あなたも知っていた?」
 私は、その店のある場所だけは知っていたが、知っていることはそれだけだった。
「初めて、三橋が店に来た時、もちろんママも顔は知っていたわよ。普段お世話になってる担任だし、御代は結構ですということにしたわけよ。ところが、それに味をしめて、店に入りびたるようになったらしいの。ママも心の中では迷惑には思ったんだろうけど、そうそう邪険にもできないでしょう。ところが、だんだん態度が横柄になってくるし、酒癖が悪いらしいのよ。あるとき、他のお客さんにまで、迷惑をかけたことがあったらしいの。それでママも、遂に我慢が出来なくなって、今後は店に出入りをしないで欲しいと云ってしまったそうなの」
「それは当然のことだと思いますよ」
「ところが、そうしたら、次の日、青山は三橋に呼び出されたの。その言い草がひどいのよ。今まで、家の事情を考えて、何かと目をかけてきたつもりだったのに、昨日のあのママの仕打ちはなんだと、彼女に嫌味を云ったそうなの」
 彼女のところは、母子家庭だったそうである。確かに、彼女は奨学金をもらっているし、配慮はしてもらっていたのかもしれない。だが、島崎に言わせたらそんなことは、教師としてあたりまえのことであったし、彼のことなら下心だってあったかもしれないと、ひどく憤懣しているようであった。
 彼女はその性格からだけでなく、同性としての憤りがあったのかもしれない。
 私も、心の中で同感であった。

「それで、その後はどうなったのですか?」
「結論ね、結局のところは泣き寝入りよ。卒業まで、そんなに間があったわけじゃないから、そう割り切ったのじゃないのかしらね」
「何か、ひどく腹のたつ話ですね」
「そうよね」
 そう云った私は、気になっていたことをそれとなく口にした。
「ところで、先生は僕らの一級上の、副応援団長だった村上先輩を知っていますか」
「ああ、四組の村上君ね、彼はいい男だったわね。あなたは、付き合いがあったの?」
 私はあいまいな返事をして、彼は今どこにいるのだろうかと、聞くつもりの無かったことを聞いていた。
「確か、彼は札幌に行ったはずよ」
「彼も、青山さんを好きだったのでしょうか?」
「さあ、どうかしらね? そうかもしれなかったわね。良くは覚えてないけど」

 私は彼女の家から辞去するとき、ここでの数日間はとても楽しかったことを伝えた。そうして戸口を開けると、私は彼女に頭を下げた。
「それでは、先生、お体を大切に」
「あなたもね」

 それから私は、彼女の家から自分の家に向かったのだが、その時のことは妙にはっきりと覚えている。
 夏の夕暮れであった、昼間は蒸し暑かったが、風が吹いていて心地よかった。辺りは、薄暗くなって丁度街路灯がともり始めていた。

 青山はまだこの街にいるのだろうか、私はぼんやりそんなことを考えていた。

<完>

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