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第一章 二人の男

 格差という言葉が、人の口の端にのぼるようになって久しい。そうして、地方都市の衰退の陰は人々の心にも暗い影を落していた。
 つい先ごろ、街中で時計貴金属を扱っていた、村上辰三という男が亡くなった。業界筋では、資金繰りに行き詰まって、首を括(くく)ったらしいという話を知らぬ者はいなかった。

 この街で古くからラーメン店を営んでいる、島崎隆造はついてない男だった。けちの付き始めは、昨年のことだった。

 隆造は二代目だった。腕が良く、先代に見込まれて養子に入っていた。だから『北の森』は旨いと評判のラーメン店であった。隆造の妻は咲子といって、ラーメン屋にはもたいないないほどの美人であったが、気さくで愛想がよかった。その上働き者であった。店は二人で切り盛りしていたから、流行(はや)らないはずはなかった。先代の他界後、この地に店を構えたのは五年程前であった。前の店と同様、その店はいつも笑顔と活気に溢れていた。
 だが、ある時咲子が身体の不調を訴えた。しばらく我慢していたが、どうにもならなくなったようであった。病院での診察結果はすい臓ガンであった。それもかなり状態が良く無いと言うことであった。年が若いせいで進行が早かったのだろう、それから数ヶ月もしないうちに咲子は亡くなった。享年三十八歳のあっけない最期であった。
 隆造の落胆振りは、傍(はた)で見ているほうが辛いくらいであった。夫婦には、聡子という高校生の娘がいたが、咲子に良く似た、咲子以上と呼び声の高い美人であった。葬儀での、二人の悲しげな様子は、参列者の涙を誘った。

 咲子の死から、間もなくして、隆造は交通事故を起こした。自損事故であったのは、まだしも最悪の事態ではなかったともいえるが、車は廃車、隆造は足の骨を折る大怪我をした。咲子が亡くなってから、気持ちの張りを失っていたのも事実だった。
 だから、1ヶ月半ほど店を休んだ。店を再開しても、身体は以前と同じというわけにはいかなかった。咲子もいなくなって、店の客足はずっと減ってしまっていた。客の中には、味も落ちたのではないかと、ひそかに店の先行きを心配する者もいた。
 それでも、なんとか気を取り直してくれればよかった。だが、隆造は酒におぼれていった。咲子を失った心の隙間を埋めることが出来なかったのである。

 聡子は、出切る限り店の手伝いをすることにした。今では、訪れる客の何割かは、聡子を目当てだったのかもしれない有様であった。

 最期のダメ押しは、村上の死だった。隆造は彼とは、古くからの友人であった。彼の借金の連帯保証人になっていた。それで、大きな借金を抱え込むことになってしまった。

 今のままの売り上げでは、返済計画が立たないと銀行から言われた。そこで、ひとつの話が持ち込まれた、借金を肩代わりしても良いという企業があるというのだ。隆造はその相手と会うことにした。

 聡子にこの話は聞かせたくなかったから、喫茶店で会うことにしていた。
 時間どおりぴったりに、その二人の男は隆造の前に立った。
 隆造は、その二人の男に見覚えがあった。最近、何度か店に来ていた男達だった。高級なスーツを着た、店に不釣合いな客だった。店に入って来て、注文以外にはほとんど口をきかなくて、妙な男達だと思った記憶がある。
 三十歳くらいの男がまず名刺を出してきた。
 それにはこうあった。
 『××興産(株) 調査部 課長 大島武久』
 そうして、彼よりは二、三歳位若い方の男が名刺を差し出した。
 『××興産(株) 調査部 部長 木原重成』
 札幌の会社であった。隆造は、部長のほうが若いのでそのことを妙に感じた。
 隆造は、落ち着かなかった。ズボンのポケットから煙草を取り出すと火をつけた。
 二人は、その様子をじっと見ていた。

 大島が口を開いた。
 「島崎さん、お忙しいところ、ご足労いただいてすみませんでしたね」
 「いえ、こちらこそ」
 「色々調べさせていただきましたよ。今の状態では、ちょっと返済は無理でしょうね。お宅の土地と、建物を処分させていただくということになりそうですね」
 「それじゃ、私達は暮らしていけません」
 「ところがね、島崎さん、店の借金もまだ残っているそうですね、だから借金の穴埋めには足りないんですよ」
 「そう云われても・・・」
 隆造の顔は暗かった。
 「銀行も、困っているようですよ。そこでですね、我々がお助けしようかということなんです」
 「そんな、良い話があるんですか?」
 「その前に、私どもの会社はご存知ですか?」
 「いや」
 「そうですか、私どもの会社は、いわば総合サービス業というようなものでして、ホテル、居酒屋、パーラー、スナック、クラブ、レストラン、エステ等々の様々な業態を傘下に収める持ち株会社なんです」
 「持ち株会社?」
 「まあ簡単に云えば運営会社と思っていただければ良いでしょう」
 「その会社がどうして?」
 「実は、地方への業務拡大を図ろうとしておりまして、この街もそのターゲットの一つなんですよ。色々調査を進めているところに、お宅の話がありましてね」
 「具体的にどういうことですか、よく分からないのですが?」
 「いいですか、このままでは、土地と建物を処分しても、銀行も損失をこうむります。だから、本当はあなたのところから借金を返してもらうほうがいいんです。しかし何度も云っているように、それは出来ない相談だ。それに、あんたも困る。そうですね」
 男の口調が、微妙に変わってきた。
 「そこで、うちの会社が、借金を肩代わりしようというんです」
 「じゃ、借金の返済は?」
 「あんたには、今までどおり商売をやってもらって、借金を返してもらう」
 「でもそれでは?」
 「そうです、まだ足りないんです。あんたの娘は、来年の春高校を卒業しますね。足りない分は娘さんに頑張ってもらおうということです」
 「娘が、就職したとしても、そんな」
 「普通の仕事に就いたんじゃ、とてもじゃないが、追いつかないでしょうね」
 「娘さんには、うちの関連の会社に入ってもらう。そうして稼げる仕事をしてもらう。つまり、仕事を紹介するということです」
 「どういうことだ」
 「水商売さ、彼女なら稼げると我々の意見が一致したんだ」
 「そんなことを、よくも、身体でも売れということか」
 「おいおい、お父さん。そんなに興奮しないでくださいよ。うちは、まっとうな会社だ、これはあくまでもビジネスなんだ」
 大島は、コーヒーを飲むとしばらく間をおいてから言葉を続けた。
 「彼女が、借金を返せるだけの職業を紹介してやろうということです。そうすれば、借金は返せる、あんたは、家も商売も失わなくて済む。銀行は助かる。あんたの娘は、才覚さえあれば、店だって持てるようになるかもしれない」
 「そんな、うまいこといって、結局娘をよこせということだろう」
 「大昔の時代劇をやっているわけではないんですよ。早い話が、我々は彼女に投資しようとしているんだ。投資したからには、元を取らせてもらう、それがビジネスというものさ」
 「娘をどこに勤めさせるつもりだ?」
 「札幌に来てもらう、しかるべき店に預ける。名の通った一流のクラブさ、心配することはない、ちゃんと連絡も取らせる。それだけじゃない、必要な教育も受けさせる。悪い話じゃないと思うよ」
 「そういわれても、すぐには信じられない」
 「それより、お父さん。やっかいなことが一つあるんだよ」
 「なんだ、それは」
 「村上の借金なんだが、一部が闇金融だってことは聞いているかい?」
 隆造は、言葉を失った。
 「例えば、借金が返済できないといって、破産手続きをするのも、選択肢としてはあるが、あいつらが絡んでいたら、そんなことでは許してはくれないだろう。俺達も、村上さんみたいな人が増えるのは、見るに忍びないんだ」
 そういうと、その大島という男は隆造の目をじっと覗き込んだ。目つきが鋭かった。
 「うちの会社なら、そういう連中とも、穏便に話をつけることができる、だから、そうするのが、一番賢い方法だと思うんだがね」
 隆造は、二人から目に見えない威圧感を感じていた。
 それまで、黙っていた木原が、口を開いた。
 「お父さん、心配はごもっともですが、我々の話をビジネスとして真剣に考えてもらえませんか。さっきも話がでましたが、我々は時代劇にでてくる人攫いなんかじゃありませんから。しかし、ご自身の状況をよく考えてみてください。我々が手を引くことは、かまわないがそれでは、どうなるんでしょうかね。心配なら、よく我々の会社の事を調べたら如何ですか?」
 「そう云われても、すぐには結論を出せない」
 「結論は決まっていると思いますがね。1ヶ月あげます。我々は、一度本部に戻らなければならない。来月またこちらに来るから、それまでには必ず決めておいてください。もし、その前に決心がついたら、私どものところへ電話をください」
 話はそういう内容だった。
 店に戻る道を歩きながら、話の内容を反芻(はんすう)してみたが、頭の中の混乱は納まらなかった。要するに、娘に仕事を斡旋するかわりに、借金を肩代わりさせるようなものだった。書類で説明を受けたが、半分上の空であった。ただ、12年という言葉が耳に残っていた。聡子の青春の12年を拘束しなければならないのか?しかも、水商売ということだった。いずれにしても、聡子には話をしなければならないと、思った。

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