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第十一章 プロジェクト
「純哉さん、いらっしゃい、主人がお待ちかねよ」
智久兄の奥さんの、敦子さんが僕を迎えてくれた。つまり、僕の義姉に当たる。僕は、決して彼女のことは嫌いではないのだが、正直なところどちらかというと苦手であった。良いところのお嬢さんなので、上品すぎるのである。もうひとつは、僕に彼女が居ないことを知っていて、何かと後輩を紹介しようとするのである。本音のことをいうなら、恋のアバンチュールでも楽しむことができるのなら、それも結構な話であるのだが、それですむわけがない。だから、僕は避けるのである。
それと、もうちょっと、さばけてくれたほうが、肩が凝らなくてよいのだが。ただし、人柄はとても良い。だから、兄に云われればたまには、遊びにも来る。
今日は、僕のほうから、押しかけてきたのである。もちろん、島村家の問題についてであった。
兄は、ひどく機嫌がよかった。
「お前から、飲みに来てくれるなんて、久方ぶりだよな」
「兄さん、そりゃないよ。今日でなけりゃ時間取れないというから」
「まあ、実際はそのとおりだが、それでもよく来てくれた」
「兄さん、送った資料は、全部目を通してくれた?」
「もちろんさ。それより北海道はどうだった、楽しかったんだろう?」
「もちろんだよ、それと、とっても懐かしかった」
「そうか『北の森』が?」
「まあね」
「ふーん」
「何だよ、兄さんその顔は」
「まあ、いいさ」
「ビールでいいか?」
「もちろん」
兄はビールが好きであった。最近、下腹の出てきた兄を心配して、敦子さんが、ビールはカロリーが高いから控えるようにいっているようであるが、好きなものは、そうそう止められそうにはないようだ。
「純哉さん。北海道の旅行は、楽しかったそうね?」
料理を運んできた、敦子さんが、聞いてきた。
「ええ、十年ぶりの懐かしい、北海道でしたし。天気にも恵まれましたから」
「向こうは、涼しいんでしょう?」
「昼間だと、気温自体は、結構高くなるんですよ。でも、湿気がないし、緑が多いせいでしょうかね、やっぱり爽やかでしたね。それに、夜になるととても過ごしやすいですよ」
「私は、若いときに一度行ったきりなんで、今度、智久に連れて行ってもらおうと思っているの。でもね、いつも、忙しい、忙しいって」
「今は、ちょっと休みをとるのは、無理なんだ。でも、そのうち、連れて行くから」
思わぬ話の、矛先が自分に向かってきて、兄は閉口の様子であった。
「そこの、ラーメン屋さんの娘さんって、綺麗な方なんですって?」
「あれ、兄さん、そんなことまで話したの?」
「いや、ちょっと話しただけだよ」
「もしかして、一目ぼれとか?」
「いや、そんな、ことないですよ」
意識しないようにと思ったら、かえって意識するものだ。僕は自分の顔が赤くなるのを感じた。敦子さんは、そんな僕の表情を、見たのであろうか。
「ところで、智久が、純哉さんと二人きりで、話があるというから、私はあちらに失礼しますから。御用があったらよんでね、それじゃ、ごゆっくり」
そういうと、敦子は立ち上がって、部屋を出ていった。
「兄さん、悪いね」
「敦子がいたら、話しづらいこともあるだろう」
「恩にきるよ」
「ところで、そろそろ、本題にはいろうか。作ってきた書類見せてくれないか」
それから、暫く、智久兄は、僕の作った、計画書をじっと、見ていた。
「なるほどな」
「どう?」
「うん、大体辻褄は、合わせてあるな。お前は、よっぽど、彼女のことを助けたいんだな?」
「そうなんだ」
「好きなのか?」
「うん」
「そうか」
兄は、ため息をつくと、そういった。
「そもそもは、俺の計画が生み出した思わぬ副産物ということだったな。人生はいたずらが好きとみえるな」
智久は、またため息をついた。そもそも、純哉の北海道行きについては、自分が一枚かんでいた。実は、極秘プロジェクトが進んでいて、北海道進出の計画があったのである。そのため、純哉には札幌の詳細な調査を頼んであった。もちろん、この極秘プロジェクトのことは、打ち明けていた。この計画は、智久の事業部にとって、とても大きなプロジェクトであり、それは、とりもなおさず、会社として重要であるということに違いは無かった。そのために、智久は、腹心の部下と、いずれ純哉を送り込むつもりでいた。純哉は北海道出身ということから、望むべきも無い適任者であった。そこの、新たにつくる、営業所に聡子を採用したいうというのが、つまり純哉の考えであった。
「ポイントは、三つあるんだな」
「そうだよ」
「一つ目は、彼女をうちの会社で、雇うということか。そうして、二つ目が、そのラーメン店の売り上げ倍増計画。最後が、ネットによるその店の宣伝作戦か。そうして、ゆくゆくはその店を何らかのことで、うちの戦略に活用していこうということだな」
「そうなんだ、北海道でのモデルテナントの一つにしても良いし、情報収集テナントとしても価値がある。あるいは、ネット戦略が成功すれば。そのイメージそのものが価値を持つ」
「なかなか、考えたな」
「うちが、ラーメン事業で成功するためには、北海道のイメージ価値を、武器にしようとしている兄貴の考えには大賛成だ。だから、僕のストーリーはよく分かってくれると思う」
「お前には負けるな、基本的には、俺はお前に賛成しても良い、だが、親父を説得できるかな?」
「それは、任せてよ。でも、一つだけ再確認したいけど、親父は、兄貴のプロジェクトを基本的には承認してくれたんだろう?」
「もちろんさ」
「正直、親父は苦手だけど、今回だけは、僕も後にはひかないつもりだからね」
「わかった、親父との段取りはおれが、つけるから」
「お前の筋書きに沿えば、いずれお前と、彼女は再会することになるだろう。そこで、お前の、気持ちの覚悟の程をきいておきたいんだ」
「どういうこと?」
「彼女が、お前の胸に飛び込んできたら、しっかり受け止める覚悟があるかということだ」
「もちろんさ、兄さん」
「だが、別のことだってある。お前は彼女の別のリスクも請け負っているということだ」
「なに?」
「つまり、彼女が、別の男を好きになるということがあるかもしれないことだ。それは、絶対無いことではないと云えないだろう?」
「そうだね、考えてもみなかったけど」
「どうだ、それでも、おまえはその計画を投げ出すわけにはいかない。後戻りをすることは、絶対出来ないんだ。そこまでの覚悟を本当に持てるか?」
純哉は、しばらく考える様子をした。
「もちろんさ、兄さん」
「分かった、それにしても、この話がそのまま進めば、皮肉なことになるな」
「どういうこと?」
「この話の、直接のきっかけは、木原重成の話だったよな。それが、結局、このプロジェクトを促進させることになるかもしれん。そうなると、札幌で、お前達三人が、顔を合わせることが、あるかもしれない。少なくとも、ライバル関係になることは、間違いないだろう」
「なるほど、ちょっと、不思議なめぐり合わせになりますね」
「やりがいがあるだろう?」
「楽しみです」
「もうこの話は、終わりにしようか。そろそろ、飲むぞ」
「いいとも、兄さん」
純哉の声は、明るかった。
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