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第十三章 親友
「じゃ父さん、ちょっと行ってくるから」
聡子は、自転車に乗ると走り始めた。前を走っているのは、同級生の沙織だった。裏道に抜けると、二人は並んで走り始めた。
「ねえ、元気だったの?」
聞いたのは、沙織だった。
「元気だったわよ、どうして?」
「この前の話、どうなったのかなと思って」
「ああ、あのことね、後でゆっくり話そ」
「いいわよ」
「それより、沙織はどうだった、進路は決めたの?」
「ようやく、決心がついたわ」
「それは、よかったね」
二人は、川の土手の上を走り始めていた。日中はかなり暑かったが、それでも今くらいの時間になると、ずいぶんしのぎ易くなっていた。自転車に乗っている聡子達にとっては、気持ちの良い空気であった。今、向かっているのはT公園であった。先日、聡子が純哉と訪れている場所でもあった。時折、ウォーキングをしている人たちとすれ違った。二人は、川面を吹き渡る風の中を、颯爽と走り抜けて行った。
この公園には、大きな池がある。そうして東屋がある。また、日差しをさえぎる葡萄のつるで覆われた、ベンチもあった。聡子の家からそれほど遠くないから、二人で良く会っておしゃべりをする場所であった。丁度、人がいなかったから二人は東屋に来ていた。すこし小高いところにあって、池を見下ろすような感じになっている。周りには、木々が茂っていた。日差しがさえぎられているから、風の爽やかさだけを感じることが出来た。
純哉が来てからの、一部始終は沙織に話していた。何でも相談できる、無二の親友であった。でも、さすがに、自分の純哉に対する想いだけは、照れくさくて云ってはいなかった。
「どうしたのかなって、気にはなっていたんだけど。私もなんだかんだと忙しかったの。電話もしようかと思ったけど、やっぱり会って話したいと思ったの。でも、元気そうでよかった」
「ありがとう、でもね、本当のことをいうと、あんまり元気じゃないんだ」
「えっ、どういうこと?」
「純哉さん、書類を送ってくるって云ってたでしょ。父さんは、一週間もしないうちに着くだろうと云ってたんだけど、まだ着かないのよ。そして、例の回答期限が、もう四日後に迫っているのよ。だから、私少し不安になってしまって」
「それなら、まだ着かないんですけど、どうなんでしょうかと、電話すれば」
あまりに、物事を簡単に考える、沙織の物言いに聡子はおかしくなってしまった。でも、彼女のこの屈託の無さは、聡子が一番好きなところであった。一緒にいると、自分まで明るくなってしまう。
「そうは、いかないわよ。こちらから、頭を下げてお願いしたことではないし、あくまでも向うの好意だから、こちらから厚かましくはいうことは、できないもの」
「でも、極端にいえば、聡子の一生にかかわる問題でしょ。それは、私が許さないわ」
「ありがと、沙織の気持ちは、嬉しいけど。待つしかないわね」
「実際のところは、そうね。でも、その純哉さんて、誠実な人なんでしょ?」
「そう」
「なら、彼を信じて待つしかないわね。万が一にも、時間切れになりそうだったら。電話すればいいことよ」
東京についてから、一度メールが、入っていた。なんとか、道をみつけるつもりだから、信じて待っていてほしいと、書いてあった。
沙織と話しているうちに、まだ、四日あるのだと逆に考えることができた。
「そうだね、信じて待つわ」
「それが、いいよ」
「それより、沙織、進路決めたの?」
「決めたわ、最後まで悩みまくったけどね」
彼女の悩みは、東京か札幌かであった。彼女の、本命は東京であったが、先生からは厳しい状況だから、札幌を勧められていた。彼女の両親はといえば、少しでも目の届くところを、希望していたのはまあ当然のことだったろうと思う。でも、だからってそう簡単に、はいそうですかとは思い切れない彼女であったことを聡子は知っている。
「私、よくよく考えてみたのよ。それで気が付いたの、それは、大学に入ることが目的じゃないってこと。私自分がなにをしたいか、それが問題だって気が付いたの」
「へえー、沙織すごいな」
「実は、このことで、父さんと初めてかな、話しをしたんだ。そうしたら、父さんこう云ったよ。若いんだから、やり直しのきくところは多いと思う。だから、思いっきり自分の思ったとおりやることも一つの方法だとは思う。だけど、沙織も分かってくれると思うけど、何でも自分の思うようになるものではないものが、世間というもんだ。世間というと、ちょっと古臭く感じるかもしれないが、人生と言い換えても良い。実際のところ、思うようにならないというのが、現実だ。だから、どっかで折り合いをつけなければならない。それは、本当に自分がしたいことは、なんだろうかと考えることさ、そこから考えると分かり易い。そういったんのね」
「なるほどねえ」
「それで、私は、大学にこだわりすぎていたと思ったの。別に、見栄で大学に入るわけではないものね」
「いい、父さんね」
聡子も、同感していた。
聡子は、保母になる夢をもっていた。だが、今回の一件で、真剣にそのことを考えざるを得なかった。皮肉なことに、真剣に考えれば考えるほど、本当に自分のやりたかったことがそうなのかという問いに対して、自身が揺らいでくるのを感じた。気が付いたことは、自分の人生というものについて、深く真剣に考えていなかったのかもしれない。そんな、思いがわいてきた。
沙織には、札幌の会社に勤めることになるかもしれないと、云ってあった。だが、その詳しい内容までは話していなかった。水商売だと聞いたら、きっと彼女は目をむいて驚くに違いない。
でも、自分はそのことについて、真剣に考えてみた。そうして、その道を、選択しなければならないことになるかもしれないという、気持ちはあった。
「でもね、そうなったら。札幌で、私たち会えることになるね」
「ねえ、沙織約束して、私たち境遇は違っちゃうけど、ずっとこのまま友達でいようね」
「何いってんの、私たち、ずっと友達よ。これからも、それは変わらないわ」
「本当に約束よ!」
「ほんとうによ」
二人は、顔を見合わせて、微笑(わら)った。
「沙織ところで、夏目君とは、うまくいってるの?」
「うん、そうだけど」
「やっぱり、彼は東京?」
「そうよ」
沙織が、東京に行きたがっていた、理由の一つには彼のことがあった。
「どうなるのかしらね、二人は」
「ほんとね、お互いに新しい恋人ができるかもしれないし、もしかしたら長距離恋愛になったりして」
「そうなったらいいわね。でも片方にだけ新しい恋人が出来たら悲劇ね」
「聡子の意地悪、そんなこと云わないで」
「あら、それは沙織かもしれないよ。あなた、意外とさばけたところがあるから」
「ずいぶんないいかたね、そうね先のことは、分からないものね」
そう云った、沙織の顔は、すこし寂しそうであった。
「それより、あんたはどうなのよ?」
「知ってのとおりよ?」
聡子を、ほっておく男はなかった。沙織が知っているだけでも、何人かの男が、彼女に交際を申し込んでいたが結局断わられた。彼女は、断わり方が旨かったのだろう。振られた男は、腹いせに何かとあること無いこと悪口をいうものもいるが、彼女の場合はそんなことがなかった。でも、一番の理由は、特定の彼氏といわれるような存在がいなかったことだろうと思っていた。彼女は、同じ女性としての自分からみても、女性らしいしとやかさを感じさせるところがあって、男性ならとても魅力に感じるに違いない。反面、年上の姉のようなしっかりしたところもあった。だから、同じ年代の男供では物足りなかったのではないのだろう。沙織はそう思っていた。
「結局、良い男は現れなかったということね。あんたほんと、変わっているわ」
「でも、あなたみたいな良い友達もいて、充実した高校生活だったといえるんじゃないかしら」
「あら、それは私としては光栄ねというべきかしら。どころで、純哉さんだったよね。あなたの店に来ていた人、その人のこと私の耳にまで話が伝わってきたわ。すっごく、かっこいい人なんだって?聡子そんなこといってなかったよね」
そういわれた、聡子は思わず顔が赤くなるのを感じた。照れくささを隠すように、ことさらなんでもないふりをした。
「あら、どこからそんな話が入ったのかしら?背が高いし、かっこは悪くは無かったとおもうけど」
だが、沙織はその聡子の微妙な表情の変化を見逃がさなかった。恋に敏感な乙女は、恋した乙女を目分けることにも敏感だった。
「なーんだ、聡子、あなた恋しているのね?水臭いわ隠すなんて」
「そんなつもりじゃなかったけど、もしかしたら自分でもそうじゃないかって思ってはいたの」
「そうか、そうか、それじゃこれからの成行が大変ね。でも、大丈夫よ、きっと純哉さん、あなたのためならどうなことだってしそうな気がするわ」
聡子は、自分の心の裡を沙織に知られてしまったことが、正直なところ嬉しかった。誰かにこの胸のうちを話してしまいたいという、気持ちが日増しにつのってきたからであった。
それから、すこし陽が傾いて風の吹いてきた木漏れ日の下で、お互いの恋の想いを語り合っていた。そのことは、二人にとって、とても幸せな時間であった。
聡子は、今は全ての不安なことを忘れていた。それは、自分の心の中に強く輝き始めた、恋の火があることを確認したからであった。
そうして、二人の笑い声が、響いてきた。
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