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第十五章 計画
テーブルをはさんで、隆造、聡子と純哉が向き合っていた。隆造の前には、純哉の持ってきた書類があった。
「ということで、話を簡単にすると、うちの会社というより僕の父が借金を肩代わりするということです。ただし返済期間が長くなります。でも、売り上げの件は前から云っているようになんとしても頑張ってもらわなければならないんです。でないと、父に迷惑がかかってしまう」
「純哉君、私も少しはこの話の経理的な内容は分かるが、いずれにしてもそれは君のお父さんに負担をかけることに、なるんじゃないか?」
「その通りなんです。実は、僕自身も、この案は本当はお勧めではないんです。どうしてかっていうと、おじさんも聡子ちゃんも、たしかにこれからの生活には、目処がつくと思うんですが、将来に夢が持てないと思うんです。極端にいうと借金を返すために生きているような、人生になってしまう」
「たしかに、とてもありがたい話だけど、そんなようなことになるんだろうな」
「なら、どうして僕がこの案を話したのかというと、とりあえずはまず安心して欲しかったんです。つまり、あの男たちに正面きって、聡子ちゃんは札幌に行かないと云えるわけです」
「なるほどな、そういうことか」
聡子は、心の底から嬉しかった。やっぱり純哉は、自分のことを本当に考えていてくれていると感じたからであった。
「そこで、これからが、僕の本命の計画です」
隆造も、聡子も純哉の次の言葉を待っていた。
「実は、まだ極秘事項なんですが、うちの会社が北海道への進出を考えているんです。それもラーメンチェーン店の展開をはかろうかということなんです」
「それで、純哉くんが妙にラーメンに詳しかったということか」
「まあ、それは結果論みたいなところもありますが、そういうことなんです。そして、この計画の最高責任者が智久兄さんなんです」
「ふーん、そういうことなんだ」
「いよいよ、来年には札幌に拠点をつくる準備をもう密かに始めているんですよ」
「それは、驚いたな」
「それで、聡子ちゃん。その新しい職場で、僕と一緒に働かないかい?」
思いがけない内容だった。だが、二人は、ようやく純哉の考えていることが分かってきた。
「つまり、札幌に行くことは同じだけど、勤める会社と仕事の内容が違うだけさ。あとは、あの男たちの考えたことと同じようなものなんだ。保母さんなりたいという希望には添えなかったけど、新しい土地で、新しい仕事にチャレンジすることもとてもやりがいがあると思うんだ」
聡子の目がキラキラと輝いていた。純哉と一緒に仕事が出来るなら、他に何を望むことがあっただろう。
「ねえ、父さん行ってもいいよね?」
「もちろんだ。こんな、いい話、父さんは何もいうことはないよ」
「よかった、きっと賛成してくれると思ってたんだ。でも話してみるまでは、分からないからね」
純哉は、重荷をようやく下ろした気になった。何より、聡子が心から喜んでくれたことが確認できて、そのことが一番嬉しかった。
「いろいろ、実務的な細かい話やら手続きがあるんだけど、明日札幌から齋藤という人が来て、全部やってくれるはずだから、そうしてくれますか」
「ああ、分かった。それじゃ、その時まで純哉君は居るんだね」
「残念だけど、そうゆっくりは出来ないんです。どうしても僕は明日帰らなければならないんで、もう二番機の切符を取ってあるんです。齋藤さんとはすれ違いになってしまうと思いますが、彼はプロですから、何も心配いりませんから」
隆造も聡子もその言葉から、純哉が、無理をしてこちらに来てくれたことを感じ取っていた。
「それじゃあ、なお更時間がないというわけだ。純哉くん風呂を沸かしてあるから、急いでひとっ風呂あびてこいよ。祝宴をあげよう、もう準備をしてあるんだ。細かい話は、飲みながらでもいいだろう?」
おじさんらしいと思った。それなりの旅であったから、風呂はとてもあり難く感じた。
部屋の入ると、純哉は携帯を取り出した。
「兄さん?」
「ああ、俺だ」
「遅く電話して、ごめんね」
「かまわないよ、そちらの話だな?」
「そうだよ」
「どうだ、まとまったか?」
「僕の、計画通りに」
「それは、よかった。二人は喜んでくれたか?」
「うん、とても喜んでくれた。これから祝杯を挙げるところさ」
「俺も、行きたいくらいだよ」
「いずれ、兄さんとこちらに来ることになるんじゃない」
「そうだな、その時は敦子も連れて行くか」
「それが、いいと思うよ」
「とにかく、分かった。あとは俺に任せておけ。忙しくなるな」
「兄さん、今回のことでは、本当にありがとう」
「気にするな、それよか、うんと働いてもらうからな」
「わかってるよ、それじゃ、おやすみ」
「じゃあな」
早々に風呂は切り上げた。それでも、汗を流せたからしごく爽快であった。先ほどのテーブルの上には、もう料理が用意されていた。
「純哉くん、突然のことだったので、店のありあわせのものばかりだけど、ゆっくりやってくれ」
「あら、父さん、私の手をかけたものもあるのよ」
「わかった、僕の好物」
純哉が指さしたのは、刻み海苔がたっぷり載った山芋の千切りであった。
「正解!」
いくらなんでも、これはスーパーでは、売ってないだろう。それに、本当に純哉の好物であった。
いつもながらの、缶ビールでの乾杯からささやかな祝宴が始まった。聡子はウーロン茶であったが。
「おじさん、わすれないうちに云っておくけど、明日発つ前におじさんの新しいスープを確認していきたいんだ。これ、親父との約束なんで」
「いいよ、それよりスープだけじゃなくて、メニュー自体がほぼ出来あがったんだ。味わってみてくれないか」
「そりゃ、なお更楽しみだな。期待していますから」
「ああ、結構いろいろ考えたから、いいものが出来たと思っているんだ」
隆造も純哉も嬉しい酒になった。
隆造は、どうにもならない最悪のことも一応は考えていた。その時はそのときで、割り切って飲むつもりであった。どんなことになっても、純哉が骨をおってくれたのは間違いのないことであったから。だから、酒の旨さがことさらであった。
聡子は、純哉のそばに居ることが出来るようになる、そのことがまだ信じられない思いであった。そうして、純哉が今自分の手の届くところにいる、そのことが身にしみて嬉しく感じた。
「おじさん、さっき話した、北海道進出のことなんだけど、目的はラーメンチェーン店を作ることだけではないんだ。これは、もっともっと、大きな計画の取っ掛かりに過ぎないんだ」
「というと?」
「今はまだ詳しい話ができないんだけど。北海道に係わるビジネスということなんだ」
「北海道?」
「北海道ってどんなイメージ持ってますか?誰でも思い浮かぶのは、旨いものが多い、それも海産物も農産物もある。それから観光の街、温泉も多いね」
「それから、土地が広いとか、牧場があるとか」
そう云ったのは隆造だった。
「そんなふうにいろいろ魅力があるんですが、だけどその良さを生かし切れていないように思えるんです」
「そうかもしれんな、逆にいろいろ悪いこともあったしな」
「つまり、ビジネスの面からみると、ものすごい可能性があると思うんですよ」
「そういうことになるんだろう」
「だけど、いままでのような単発的なやり方では、なかなかうまくいかないと思うんです。土地が広いことが、この場合はネックになります。ここを、僕たちは切り開いていこうと思うんです」
「なんか、壮大な計画だな」
「まだ、具体的は話をすることは出来ないんですけど、いずれそんな時が来ると思います」
純哉の話には、熱がこもっていた。聡子は、そんな純哉を頼もしく思っていた。
「話はかわるんですけど、今回の問題の発端の××興産なんですが、僕達とは方向性が多少違うんですが、なかなか面白い会社です。いずれ、うちとしのぎを削ることになるんじゃないかと思います。札幌でね」
「あの二人と、話しをしなくてもよくなって、俺もほっとしてるよ」
隆造が云った。
「それと、聡子ちゃん。入社したら、研修とかあるんで、しばらく東京に来てもらうことになるんだ。だから、その時東京を案内するよ」
「まあ、うれしい、冗談で云ってたことが本当になったわね」
聡子の顔は、喜びで満開であった。
明日は早いからと、切り上げたが十二時を回っていた。『北の森』の一日がようやく終わった。
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