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第二章 懐かしい街

 空は明るかった。北海道の夏は、決して涼しくなどない。気温も下手をすると、本州並になることもある。ただ、湿気が少ないから、ちょっとした木陰に入ると、特に風が吹いたりするとそれなりに爽やかであった。
 ある、ラーメン店の前に、1台のバイクが止まった。いわるゆるクラッシックタイプで、ハンドルが長くて少しそりかえるように座る。エンジンの音が、低く身体にドコドコと響くあれである。後ろや横に積んであるバッグからツーリングをしているのは、一目で分かった。ヘルメットを脱ぐと、少し長い髪をかき分けるような仕草をして、その男は空を仰いでしばらくじっとしていた。髪は僅かに茶髪であった、今風な若者の顔があった。
 その店の入り口の暖簾(のれん)には、ラーメン『北の森』と書いてあった。若者は、その暖簾をかきわけた。

 昼を、大分過ぎていたせいか、店は空いていた。右手がカウンターになっていて、左側はテーブル席になっていた。その若者は、座る様子もなく店内を見回していた。
 隆造が、お客さんどうぞと声を掛けた。
 若者はヘルメットを置くとカウンターに座った。
 「おやじさん、分かるかい?」
 「ええ、どちら様でしたっけ?」
 「純哉ですよ」
 「はて?」
 「小学校のとき、近くに居た・・・」
 「ああ、分かったよ、あの純哉君、なるほど確かに面影がある」
 「分かりましたか、ご無沙汰しています」
 「いやあ、急だから、驚いたよ。連絡でもくれればよかったのに」
 「気儘な、バイク旅行ですから、いつになるか分からなかったもので」
 「それにしても立派になったね、背がすっかり高くなって」
 「十年も経っていますからね」
 「そんなに、なるんだな。これからどうするんだい、よかったら泊っていかないかい」
 「いいんですか?それは嬉しいな。おじさんともいろいろ積もる話もしたかったし。それと、おばさん去年亡くなったんですね、線香の一本もあげさせてもらおうと思ってきたんですよ。母もくれぐれもよろしくと言ってました」
 「それは、ありがとう。ただ、今は店を離れるわけにはいかないし、後で聡子も帰ってくると思うから」
 「いいんですよ、おじさん。それより実は昼飯まだなんですよ、だから『北の森』でラーメン食べて、それからあちこち懐かしい場所を訪ねてみようと思っているんですよ」
 「そうかそうか、純哉君は『塩』だったね?」
 「そうです、覚えてくれていましたか」
 「もちろんさ」
 「ところで、食べたら僕は、外を回って来ますが、何時に戻ったら良いですか?」
 「四時過ぎたら、聡子が戻ってくると思うんだ」
 「そうですか、僕はあちこち見てきたいので、六時くらいになるかもしれませんが、良いですか?」
 「ああ、わかったよ」

 純哉は十年振りに見る街が懐かしかった。しかし、たった十年であっても、変わっていないところもあれば、ひどく変わってしまっているところもあった。初めに訪れた、小学校は、まったく面影がなかった。建屋が新しくなっていて、場所も移っていた。だが、それよりも地形が全く変わってしまっていた。当時はグラウンドの際(きわ)は、がけのようになっていたはずだったのが、なだらかな傾斜地になっていて、いわゆる住宅街になっていた。当時の記憶と現在の風景が、どうしても頭の中で一致しなかった。

 純哉はN公園にいた。当時に比べて、手入れが格段に行き届いていた。だが、来てみてよかったと思っていた。当時の、懐かしいおもい出をよみがえらせる事ができたからである。ベンチに一人腰掛け、純哉は物思いに耽(ふけ)った。
 気になることがあった。『北の森』である。前の店の時に比べて、活気がなかった。おばさんが、亡くなったといえばそれだけの話かもしれないが、隆造に元気がなかった。まだ、老け込む歳ではないはずだ。それほど、おばさんの死はショックだったのだろうか。
 ラーメンの味そのものは、まだ健在であった。ただ自分も今は、いささかラーメンに係わりをもっている。懐かしい味ではあったが、いわゆる古いタイプのラーメンである。若者には、少し物足りないのではないかと感じた。
 それから、聡子のことを思った。子供の時、何度か遊んだことがあった。年下のくせに、おしゃまなところがあった。結構可愛い子だったから、どうなっているのかなと、少し会うのが楽しみだった。時計を見ると四時を過ぎていた。まだまだ、見たいと思っている所はたくさんあった。

 聡子が、店に出ると。隆造が、云った。
 「店のほうは、いいから頼みたいことがあるんだ」
 「どうしたの?」
 「実は、純哉君が訪ねてきた」
 「純哉君?」
 「大川純哉君さ」
 「あら」
 「突然来たのさ、泊めてやることにしたから、用意をしてくれ」
 「本当に突然ね、ねえ、どんな感じだった」
 「りっぱになっていたよ」
 「りっぱってどういうこと?」
 「大人になっているということさ」
 「ふうん、泊るのは今晩だけ?」
 「分からん、まだ、何にも話していないんだ」
 「じゃ、父さん今夜は飲みに出ないのね?」
 「純哉君と、一杯やろうと思っている。でも、あいつが下戸(げこ)だったら、分からん」
 「そう」

 純也は、二十一才のはずであった。聡子は父の酒の相手をしてもらえれば良いと思った。

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