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第三章 再会
純哉は、聡子を見たとき息をのんだ。
「なんと、綺麗になったんだ」
それが、本音だった。
良く美人は冷たく見えるというふうに云われる。どうして、そのように感じるのだろうか?一律に説明することは難しいだろうが、昔から目は口ほどにものを云いという言葉があるから、目が顔の印象を大きく左右していることは間違いないだろう。目の表情から、暖かさも、冷たさも感じることは多い。
純哉がひきつけられたのは、彼女の瞳であった。昔から、目が大きかった記憶はあるが、彼女は実に魅力的な目をしていた。表現が難しいが静謐(せいひつ)な感じがした。沈黙も深すぎると冷たく感じる、明るくて親しみやすいのは好感はもてるが、身を焦がすような魅力を感じることはないのではなかろうか。彼女の、瞳の輝きはまさに絶妙であった。純哉は、耐え難いほど彼女の魅力に捕らわれている自分を感じていた。
聡子は、純哉を見た瞬間、ものすごく複雑な気持ちに捕らわれた。東京に住んでいる彼は、とても垢抜けていた。自分の同級生などはきっと、黄色い声を挙げるに違いないだろう。
だが、自分は違う。そうして、彼とは幼馴染だということが、彼をすこし違う感じで眺めることができた。でも、それにしても、自分の気持ちが、純哉に吸い込まれてしまうのでないかという、本能的な防衛心が働いたことは事実であったろう。
「やあ、しばらくだね」
「純哉さんね、懐かしいわ」
「聡子、純哉君を、仏壇に案内するから、ちょっと店に立っててくれないか」
純哉は、咲子の写真の前で手を合わせた。彼女はこの界隈でも美人で通っていた。そうして、純哉の父が亡くなったときも、家に来てくれて、なにかと世話をみてくれた。母の真智子とは、年は少しはなれていたが仲が良くなっていたのだ。あんなに若くて元気だったのに、いまだに信じられない気持ちだった。
「おじさん、大変だと思うけど、元気出してください」
「ああ、だけど、やっぱり気が抜けたようになっちまってね。それよか、店があるから、あとでゆっくり話をしようや。純哉君はいける口かい?」
そういうと、猪口(ちょこ)を口にあてる仕草をした。
「ええ、結構好きなほうです」
「そうか、それじゃ後でな。それと、隣の部屋を自由に使ってくれ。今チャーハンを作ったら、聡子を寄越(よこ)すから」
そういうと、隆造は、立ち上がった。
「私も一緒に食べるわ、父がそうしろって云うから」
聡子はそう云うと、部屋の隅にあったテーブルを真ん中にずらして、トレイから料理を、テーブルに載せた。
そうして、純哉の顔を見ながら微笑んだ。彼女は微笑む特、ちょっと首を傾(かし)げる癖があった。それは、昔から変わっていなかった。
「いつも、私が夕食の準備をするのだけれど、今日は時間がなかったから」
「へえ、聡子ちゃんはそんなことするんだ。そうか、おばさんが居なくなったから、そうしなくちゃならないんだ」
「でも、店があるから、父と二人で食事ができるのは、定休日だけよ」
「そうか、ちょっと、さびしい食事だね」
「そうよ、だから、今日は純哉さんと、いっしょできて嬉しいわ」
「聡子ちゃんの手料理って、食べて見たいな」
「あら、純哉さん。明日、発つつもりなの?二三日泊ってゆけばいいのに」
スケジュールを決めた旅ではなかった。正直、聡子の顔を見るまでは、一晩泊ったら、出発するつもりでいた。だが、今はずっとここに居たいと思わずにはいられなかった。だが、そんなことはできるはずもなかった。
「そうしてもいいんだけど、おじさんが何て云うかな?」
「きっと、喜ぶと思うわ」
先日、父から借金の話を聞いた。そのことで、二人は暗い気持ちになっていた。だから、純哉が泊ってくれれば、いくらかでも気持ちがまぎれそうな気がしていた。
それから、二人は子ども時代の話になった。純哉一家がこの町内に引越ししてきたのは、純哉が小学校四年の秋であった。そうして、純哉の父、島村正雄は、市役所の職員であったが、その次の年の秋に、心筋梗塞で亡くなってしまった。思いも寄らない突然の死であった。
そうして、年があけると、純哉と母の真智子は、親類の伝手(つて)を頼って、東京に引っ越していったのであった。だから、二人が一緒に遊んだのは、実際のところ、たった一年にも満たなかったことになる。
「私、純哉さんが、出発した日のことは今でも覚えているわ。粉雪がぱらついて、風の強い日だったわ。なにか、とても寂しかったのを覚えているわ」
「そうだ、聡子ちゃんは、あの日見送ってくれたんだよね」
「早いな、もう十年も経ったんだ」
そういって、純哉は感慨に耽(ひた)った。身を寄せた先は、母の兄に当たる、叔父の柏木潤一の家だった。母は、看護婦として働きながら、純哉を育ててくれた。だが、その五年後に母は再婚することになった。勤務先の病院で知り合った。それが、今の父、大川浩行であった。
「新しい家族の方とは、うまくいってるんでしょ?」
「ああ、上の兄さんが智幸で、下の兄さんが智久って云うんだけど、智久兄さんとはとっても、仲がいいんだ。よく飲みにも連れて行ってもらうんだ」
「それは、良かったわね。大川さんっていくつものレストランのオーナーなんでしょ?」
「いまは、もっと手を広げているよ。いろんな店があるんだ」
「へえ、そうなの。そこの御曹司ってわけ」
「ぜんぜん、甘やかされてはいないよ。親父は仲々厳しいんだ。でも、変に気を使われるよりはずっと良いけどね」
聡子は、純哉が幸せであることを感じ取って、自分も少し嬉しい気持ちになることが出来た。
時間は瞬く間に過ぎていくように感じられた。
「純哉さん、風呂はそこだから、入って。もう入られるようにしてあるから。それと、洗濯物あるんでしょ、そこの籠に入れておいてね。わたし、また店に出るから」
「ああ、分かった。ところで店は何時に閉めるんだい?」
「以前は十時までやっていたんだけど、父が事故を起こしてから、身体も万全じゃないから今は、九時に閉めているの」
「ああ、分かった」
湯船に浸(つ)かりながら純哉はこう思った。
この風呂に、あとで聡子も入るのであろうか、そうだとすると、すこし気恥ずかしい気がした。それに、洗濯物、若い彼女に干してもらうところを想像して、恐縮している自分があった。それにしても、ここにこうして自分がいることが、不思議だった。風呂から上ったら、智久兄に電話をしようと思った。楽しい旅をしていると。