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第四章 思わぬ話

 「やあ、お待たせ」
 風呂から上った、隆造は純哉の前に座った。居間であった。
 「急なことだから、ろくなつまみはないが、ゆっくりやってくれ」
 そう云うと、缶ビールの栓を開けた。
 「純哉君とこうして、飲めるとは夢にも思っていなかったよ」
 「僕もです。おじさんは毎晩やっているんですか?」
 「以前はそうではなかったんだが、かみさんがなくなってからは、つい物寂しくてね」
 「そうですか、僕も父をなくしていますから、気持ちは分かりますよ。それと、母がくれぐれもよろしくといっていました」
 「ああ、線香代すみませんでしたね。母さんは元気なのかい?」
 「ええ、おかげさまで。変わりないですよ」
 「大川さんとは、うまくいってるようかい?」
 「僕は、あんまり二人に立ち入らないようにしているんですけど。世間並みには仲よさそうですよ」
 「それは、結構なことだ。ところで、純哉君は今大学生なんだろう」
 「W大の経済学部四年です」
 「それは、すごいな。一流だね」
 「そんなことないですよ」
 「最後の夏休みを、北海道の旅ということ?」
 「そうです、いままでも夏休みはずっと一人旅をしてきたんですが、その総仕上げになるので、思い出の北海道を選んだんです」
 「そうかところで、ここにはいつまで泊る、ゆっくりしていったら?」
 「初めは、一泊と思っていたんですが、ご迷惑でなかったら、もう一晩いいですか?」
 「もちろんさ、気が変わったらもっとゆっくりしていってくれ」
 「すこし、そちらの様子を聞かせてくれないか。東京での暮らしはどうだい?」
 その時、聡子が入ってきた。風呂上りで顔が少し上気しているのが、純哉には眩しかった。
 「私は、もう失礼するから、いい加減にしたら、純哉さん疲れているんじゃないの」
 「なに言ってんだ、まだ話が始まったばかりさ。それよりここに居て、酌でもしたらどうだ、純哉君の向こうの話も聞かせてもらうところだし」
 「そりゃ、私だって聞きたいけど、酔っ払いの相手は、ごめんこうむるわ」
 「そりゃそうだよね、聡子ちゃん。もう一晩泊めてもらうことにしたから、よろしく」
 「そう、純哉さんの話は、明日ゆっくり聞かせてもらうわ。それじゃね、ほどほどにごゆっくり」
 そう云うと、聡子は階段を上(のぼ)っていった。

 それから、東京での暮らしのことなど、しばらく話込んでいた。隆造は、すっかり酔いが回ってきたようだった。
 「なあ、純哉君実はすっかり情けないことになってしまってな、つまらない話だけど聞いてくれるかい。誰かに話でもしなければ、気が滅入ってしょうがないんだ」
 乾杯した後は、冷酒だった。隆造は、純哉に酒をすすめながらそう云った。
 「どんな、ことですか。僕でよければ」
 隆造から聞いた二人の男の話は、思いもかけないことであった。
 「そんなことが、あったんですか」
 「ああ、すっかり参ってしまったよ」
 「結論は、未だ出していないんですよね、聡子ちゃんは何といってるんですか?」
 「ああ、そうだけど。聡子は、それしか方法がないのかなって云ってるんだが、いじらしくて」 
 「そうですか、ところで、その会社のことは調べたんですか?」
 「知り合いに頼んでみた、通り一遍のことしか分からなかったが、調べた限りではちゃんとした会社のようだった」
 「ふうん」
 純哉は、暫(しばらく)く考え込んだ。隆造も押し黙ったままであった。
 「このことがなければ、聡子ちゃんは、どんな進路を考えていたんですか?」
 「本当は、保母さんになるのが夢だったようだ。だから、短大を目指していたんだ。でも、かみさんが無くなって、自分がこのざまだから、卒業したら店を手伝うと云っていたんだが、今はそれどころでは、無くなってしまった」
 「そうですね、ところで明日その書類を見せてくれませんか。こう見えても僕は、経済専攻ですから、なにか、良い考えが浮かぶかもしれません。あと智久兄さんとも相談してみたいと思うんですよ。なにせ、現役の経営者ですから頼りになりますよ」
 「気休めでも、そう云ってもらえると嬉しいよ」
 「それより、おじさん、聡子ちゃんのためにも頑張ってくださいよ」
 「ああ、わかったよ。何か少し、胸の使えがとれた気がするよ」
 「明日、聡子ちゃんは学校へは行かないんですね?」
 「そうだと思う」
 明日、直接聡子から気持ちのうちを聞こうと、純哉は思った。
 そうして、先ほどから考えていたことを口にだした。
 「おじさん、明日から、1週間ほど僕をアルバイトとして使ってくれませんか。宿と食事といくらかの自由時間があれば、バイト代はいりませんから」
 「それはかまわないよ。こっちは大歓迎だ。だが、バイト代はそういうわけには、いかないだろう」
 「いいえ、僕は旅行しているとき、いつもこういうパターンなんです。気に入った場所で、いいところが見つかったら、いつもそうしてもらって来たんです」
 「そうなんだ。聡子も喜ぶよ。家の中が賑やかになるからな」
 純哉は、そう思ったのはもちろん最大の理由は、先ほどの話と、聡子のことである。だが、それだけではなかった、純哉にはある考えがあった。もしかしたら、自分の力がこの家に役立つかもしれない、そう思ったからであった。
 胸の中にあったものを、吐き出した所為か、隆造はご機嫌であった。純哉が聞くと、いつもは、一人で行きつけの店に行っているようだった。聡子には悪いと思っているが、なかなか止められない、だが、純哉がいる間は、家に居るつもりだと云った。
 明日があるからと、純哉が云って、お開きにしたときは、とっくに十二時を回っていた。
 布団に横になると、純哉は、人とのめぐり合わせの不思議さに想いを馳せていた。同じ屋根の下で、聡子が寝息をたてているのだと思うと、何ともいえない、幸せな気分になった。明日が、楽しみだった。

 なんだかんだといっても、旅の疲れがあったのだろう。純哉は、間もなく眠りに落ちていった。

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