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第六章 挑戦
「やあ、兄さん。今、話できる?」
「いいとも」
「あのこと、結論は出た?」
「ああ、まずは、××興産のことだが、どうやら、ちゃんとした事業をしている会社のようだ。ただ、ヤクザとは、なんらかの繋がりがあるようだが」
「えっ、そうなんだ、それは、ことですね?」
「ところが、そうでもない」
「どうして?」
「ヤクザと繋がりがあるといっても、それは付き合い方にもよるんだ。うちだって、ヤクザとつきあいがないわけじゃないんだ」
「ええ、本当ですか、兄さん?」
「まだ、おまえはそんなことを知らなくていいのだが、ヤクザは裏の社会といわれるな。我々が住んでいるのは表の世界だ、そうだろう?」
「そうですよ」
「なら、なんで裏の世界があるんだと思う」
「よく、考えて見たことがなかったな」
「必要のないものは、この世には存在しない。裏の世界があるのは、表の世界がそれを必要しているからさ」
「それで?」
「まあ、話はここまで良いが、問題はその裏とどう付き合うかということだ、表と裏の一線がしっかりしていればいいのさ、心配しなくて良い。うちは、なにもいわゆるヤバイことはしていない。つまり、向こうもうちとおなじようなものらしい。そのへんは、結構調べたつもりだ。それより、思わぬ面白いことが、分かった」
「それは、なに?」
「××興産の戦略だよ。今後我々グループが目指そうとしている、ビジネスモデルさ。彼らは、我々の競合ライバルになってゆくんじゃないかと思うんだ。お前には、そういう意味でも期待してるぞ」
「なんか、おもしろそうなことになってきましたね」
「木原重成という男のことについても少し調べてみた。社長が、愛人に産ませた子供らしい。だから苗字がちがうんだが、彼は相当のやり手だ、さすがの俺も、ちょっと、興味を引かれた」
純哉は、その見たことも無い男のことを、思った。あの兄が、そういうのだから、相当な男なのだろう。
「これから、彼らと直接、やり取りすることがあるんだろうか?」
「そうなっていくと、考えたほうが、楽しいだろう」
兄らしい言い方をした。
「じゃ、二つ目の話は」
「お前は、どう思った?」
「正直、悔しいけど、ストーリーが読めるような計画だと思った。数字は、細かいことの評価はできないけど、よく練られていると思った」
「正解だな。ただ、ひとつ俺が感じたのは、結構リスクをとっているということさ」
「それは、どういうこと?」
「おれは、会ったことがないからわからないけど、その聡子という女の子は、よっぽど魅力があるのかな。彼の判断は、それが、ベースになっている」
純哉は、おそらく、自分はもう冷静な目で聡子を見てはいないと思っていた。だが、それほど魅力があると、云われれば、やはり嬉しかった。それが、正直な気持ちだった。
「そうすると、あの計画書は、兄さんの判断では、合格だと」
「そういうことだ」
「やっぱりね。ところで、闇金融のことはどう考えたら良いんだろう?」
「向こうは、脅かすカードに使っているようだが、ことさらに恐れることは無いと思う。要するに、法律に則(のっと)ってきちんとした、話をすればまとまる話だと思う」
「それを、聞いて一つ安心した」
「これから、どうするつもりだ?」
「僕は、どうしても、彼女の身の立つことを、考えたいんだ。それで、兄さんには色々と助けてもらいたいんだ」
「思っていたとおりだったな、お前に、物を頼まれるとはな。困ったことになりそうだが、なるたけ、協力はするつもりだ」
「恩にきるよ、兄さん。また、電話するかもしれないけど。いろいろ考えているんだ。考えがまとまったら飛んでかえるかもしれないから」
「分かったとも」
それで、話は終わった。
純哉は腕を組んで、畳の上で、背を伸ばした。さあ、どうするのか、純哉は自分自信にそう問いかけていた。
例によって、隆造が、缶ビールと酒を持ってきた。今日は、かれいの干したものを焼いたものと、丘ひじきの和え物と、茄子の漬物が出された。それらは、聡子が用意してくれた。
「それじゃ、ごゆっくりね」
そう云うと、聡子は部屋を出て行った。
「聡子ちゃん、料理が上手ですね」
「咲子は、料理が好きだった。生前良く、聡子と一緒に台所に立っていたけど、まさかこの日が来ることを、予感していたわけではないと思うんだが」
隆造は、しんみりとそう云った。純哉はどのように、云ったら良いのか、言葉が見つからなくてしばらく、二人は黙っていた。
「ところで、おじさん。例の書類のことですが、兄さんにも色々調べてもらって、僕なりの考えもあるんですよ」
「手間をかけてすまないね。どうだったんだろう?」
「まず、相手の会社は、ちゃんとしたところのようです。それと、書類の内容も、妥当なものだというのが、兄の見解でした」
「そうか」
隆造は、ため息をついた。
「それで、僕はあの内容に、対抗できる案を考えてみたんですよ。ただ、まだいろいろ調べなければならないことも、たくさんあるんで、最終的には、東京に帰ってから、こちらに連絡しますから。だから、それまでは、絶対向こうには、返事をしないでください」
「ああ、わかったとも」
「ただ、あの書類を見て気が付いたのは、店の売り上げは大分落ちていますね」
「そうだな、以前の半分くらいになってしまった」
「ここだけは、ぜひおじさんに、頑張ってもらいたところなんです。どういう計画を練るにしても、それを前提にしないと、計画にならないんです」
「でも、そんなことが、そう簡単に出来るかな?」
「簡単には出来ませんよ、でも不可能じゃない」
「売り上げが減ったのは、おばさんが亡くなって、店をしばらく休んだこともあると思います。また、おじさんの身体が、万全じゃないこともあると思います。でも、理由はそれだけじゃないと、思います」
「と云うと?」
「街の中を見てきましたが、系列のラーメン店が増えていますね。そうして、古くからのラーメン店は、閉店した店も多いってことです。ここが、問題点なんです」
「確かに、そういうことはあるが」
「どこかの、店のキャッチフレーズじゃないですが、食べ物屋の売れる秘訣は早い、安い、うまいなんです。知ってますよね?」
「ああ」
「偉そうな、ことを言わせて貰って申し訳ありませんが、この店はまだまだ改善できるところがいっぱいあると、思います」
「例えば?」
「おじさんは、先代からの伝統からか、まとめ造りはしませんよね。それは、味にたいするこだわりだと思うんですが、味を落さずにまとめ造りができればいいわけでしょ。ただ、それにはバーナーの火の強さがどうかということがあります。それと、麺の太さもあります。好みの問題もありますが、茹で上がりやすいのは、細い麺ですよね。まだあります、外段取りでできることはないかということもそうです」
「外段取りって?」
「つまり、下ごしらえをできるものは、できるだけそうして、早さという面から考えることです」
「なるほど、早いということについても、いろいろあるということだな。それじゃ、安いはどうなる」
「この店の、値段はとくに安くはありませんが、相場で決して高くはないんで、それは良いと思います。ラーメンは、高くさえなければ、お客さんは、味の方を重視するんです」
「なるほど」
「でも、材料の仕入れはどうか、それは見直す必要があると思います」
「じゃ最後の、うまいは?」
「僕が、思ったのは、ここのラーメンは、もちろん僕の懐かしさはあると思うのですが、美味しいと思います。ただ、辛口批評させてもらえば、若い人には少し物足りないというところがあるのではないかと思います。それで、僕が考えたのは、要するに若者バージョンをメニューに加えたらとどうか思ったのです。これは、売り上げ倍増の秘策なんです」
「なるほどな、しかしそれは、相当大変なことだ」
「それで、僕を一週間居させてくださいと、云った意味があったんです。ここで、おじさんといろいろな改善と、新バージョンメニューの作成に取り組みたいと思ってんです」
「純哉君、君はいったい何者だ、只の坊ちゃんでも、学生さんでもないな?」
「いいえ只の学生ですよ。実は、飲み代とか遊ぶ金は自分で稼ぐのは、大川家の家訓なんです。そんなことで、ラーメン店のアルバイトで、腕はセミプロ級になりました。あとは、親父の会社が、ラーメン店のフランチャイズチエーンの取り組みを始めていて、そこにいろいろ僕もひっかかりがあることはありますが・・・」
「そうか、じゃ、明日から、一緒にやろう。なんか、面白くなりそうになってきたな。お手やわらかに頼むかな」
「こちらこそ」
隆造の顔には、笑顔があった。
「さてと、話は終わったから、じっくり飲むとするか」
「このかれいは、とても旨いですね」
「それは、『宗八』と云って、酒の肴には、最高なのさ」
「東京では、余りお目にかからないな」
「そうかもしれない。ところで、純哉君は彼女は居ないのかい?」
「いませんよ」
「君なら、もてるんじゃないか?」
「友達ならいますけど、彼女と呼べるような人はいません」
「まあ、いいか。そういうことにしておこう」
隆造は、改めて、この若者のことが気に入っていた。だが、間もなくこの家を去っていく男だった。そのことを思いやると、聡子のことが気にかかった。
二人の宴会は、今日も遅くまで続いた。
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