HOME > 小説の森 > 夏の恋人 > 第七章
第七章 一週間
純哉と隆造は、厨房に立っていた。
「おじさん、まずは、このチエックシートでとりあえず問題点を探り出していきましょうよ」
「ずいぶん、沢山あるものだな」
隆造は、ノートを覗き込むと、そう云った。
これは、純哉がラーメン店でのアルバイトをしながら、作り上げたものであった。プリンターがなかったから、今朝、聡子からノートを貰って、パソコンを見ながら書き写してたものだった。
「これが、終わってから、二人で作戦を練ることにしましょう」
聡子は、二人の始めた事に、目を丸くしていた。でも、父がやる気をだしてくれたようで、それは嬉しいことだと思っていた。
昼前である。隆造が聡子のところに、ラーメンを持って来た。
「ちょっと、早いけど、これ食べてくれないか」
「どういう風のふきまわし?」
「いいから、食べてくれよ」
そういうと、厨房に戻っていった。
ぼつぼつ、客が入り始めていた。純哉は、すでに慣れた手つきで、手伝いを始めていた。
しばらくして、隆造がどんぶりを取りに来た。
「聡子、味はどうだった?」
「どうって、いつもと変わらないわ、美味しかったわ」
「そうか、じつはそれ、純哉君がつくったんだ」
「ええっ、本当?」
「本当さ」
「お父さんのつくったのと、かわらないわ、驚いたわ」
「純哉君の、お手並みは、プロ並みだったよ」
そういうと、隆造は、微笑(わら)った。
「それと、夕食は暫く、俺がつくるから」
「あら、どうして?」
「メニュー表を作り直すのさ、そのための撮影用のサンプルが必要なんだ。純哉君がデジカメで撮ってくれるんだ」
「へえ、純哉さん、やることが素早いね」
作業は、着々と進んでいるようで、聡子は純哉に頼もしさを感じていた。
居間に、隆造と聡子と純哉が揃っていた。隆造が、云った。
「今日は、初日だから。疲れただろう」
「そうでもないですよ。若いですから、それにまったく初めてする仕事というわけではないし」
「そうだな、純哉くんの腕前には、驚いたよ。あしたからでも、俺の代わりができそうだ」
「それは、ちょっと無理でしょうけど、暫くいれば、そうなるかもしれませんね」
「ああ」
「ところで、新しいスープ、僕が居る間に完成させたいですよね」
「そうだね」
隆造がこたえた。
「純哉さん、それなら、スープが完成するまで居れば?」
聡子が云った。
「そうも、いかないんだ。例の回答のこともあるしね」
「ねえ、父さんといろいろやっていることも、あの話と、関係のあることなんでしょ」
「そうなんだ、やっぱりおじさんには、悪いけど、もっと頑張ってもらわないとならないんだ」
「聡子のためだ、頑張るよ」
「それに、この店がうまくいけば、何らかのかたちで、うちの会社の事業に参加ということも考えられるんだ」
「ずいぶん、色んなことを考えているんだ」
「それだけじゃないよ、当面は無理だと思うけど。ネットでの宣伝も考えているんだ。将来は、この街の有名ラーメン店ってのが、目標さ。ネットでの口コミ情報は馬鹿に出来ないんだ」
「それじゃ、父さんパソコンも勉強しなければね」
「そうなんだ、だから当面は、無理だと思うけど」
「この年になって、パソコンをいじることは、夢にも考えていなかったよ。えらいこった」
三人の笑い声が、響いた。
聡子は、今日は少し二人に付き合うつもりであった。こうやって、純哉と話ができるのも、あと僅かであった。
楽しい酒盛りが始まった。
それからの数日は、あっという間に過ぎていった。
純哉は、隆造と一緒にいろいろ話し合いながら、店の売り上げをふやす方法を、模索してきたが、確かな手ごたえをつかみつつあった。後は、若者向けの、新しいスープの開発であった。こちらは、試行錯誤しながらやってきたが、なかなかそうおいそれとは、いかなかった。それでも、方向性くらいは、見えてきたところであった。
午後、客が途絶えたところで、純哉が隆造に話しかけた。
「おじさん、明日で、一週間になるんですよ」
「ああ、そんなになるんだ。まさか、明日帰るっていうんじゃないよな。まだ、スープも完成していないし」
「スープのことは、大体のところが、見えてきたから、あとはおじさんに完成させてもらおうと、思っているんですよ」
「帰るのは、明後日と思っているんですが、お願いがひとつあるんです」
「なんだい、お願いっていうのは」
「未だ、聡子ちゃんには、聞いていないんですけど、発つまえに、この街をバイクで、あちこち見て行きたいんです。社会人になれば、おそらく、なかなか来ることだ出来ないと思うんです。それで、聡子ちゃんに、いっしょにバイクに乗って案内してもらえないかなって」
それを、聞いて隆造は、暗い顔をした。二人が惹かれあっていることは、感じていた。だが、純哉は東京に住んでいて、しかも実業家の御曹司であった。間もなく、ここを去っていく男であった。二人で、楽しい時を過ごしても、別れは聡子にとって、つらいものになるはずだった。
だが、純哉は隆造の表情を見て、隆造が、聡子をバイクに乗せることを、心配してると勘違いしたようであった。
「おじさん心配いりませんよ。スピードは絶対出しませんから、安全運転をしますから心配しないでください。それと、ヘルメットもちゃんと、用意しますから」
隆造は、暫く考えてからこう云った。
「聡子が、行きたいといったら、かまわないよ。良い思い出になるかもしれないしな」
「よかった、天気が良ければよければいいな」
純哉は、単純に喜んでいた。
隆造の心は、複雑であった。
目次 次章