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第八章 送別会

 最後の夜、ささやかな、送別会を開いてくれた。送別会といっても、たった三人であったが、純哉にとって、忘れがたい夜になった。
 「なんだか、純哉君が来てからのことが、夢のように思えるよ」
 「僕も、不思議な感じがします。すっかりお世話になりました」
 「せっかくだから、純哉君とこの街の居酒屋で、いっぱいやろうと思っていたが、それも出来なかったな」
 「なによ、おとうさん。自分ばっかり、わたしはのけ者ですか、家にいてくれてよかったでしょ」
 「そりゃ、そうだな、楽しい酒を飲むことができた」
 「結局、ずっと、飲み続けでしたね」
 「純哉君は、強いほうだな。私みたいな、呑んべいにはなるなよ」
 隆造がにこにこしながら、云った。
 「心しておきます」
 純哉も笑顔で応えた。
 「ところで、ラーメン店では、相当働いたことがあるようだね」
 「ええ、ずいぶん色んな店で働きました。兄貴というより、実際は親父の意向ですかね、将来役に立つだろうということはたしかにありました。でも、一番は僕自身が、結構そのことが好きだったということはありますが」
 「お兄さんは、お父さんの会社で働いているんだって?」
 隆造が聞いた。
 「二番目の智久兄さんのことですね。ええそうです」
 「お父さんが、会長だって聞いたんだけど。そうすると、社長?」
 「いいえ、部長です。でも、新規事業部門の責任者をやっていて、小さいながらも社長のようなことをやっています」
 「そうすると、純哉くんはお父さんの会社に入るつもりなのかい?」
 「ええ、というより、その兄の下で働くつもりです。そこはとてもやりがいがあるんです。その一つに、ラーメン事業部があるんです。まだまだ、軌道には乗っていないんですが、それで、僕も兄貴には期待されているんです」
 「なるほどね、ところで、上のお兄さんは何をしているだい」
 「智幸兄は、商売を継ぐつもりはないと云って、司法事務所に勤めたんです」
 「それは、優秀だったんだね。でも、お父さんはがっかりしただろう」
 「ところが、そうでも、なかったんですよ。智久兄さんがいましたからね。智幸兄さんは、たしかに、事業には向いていないと父も考えていたようなんです」
 「純哉さんは、智久兄さんと、とても仲が良いんですって」
 聡子が云った。
 「僕と智久兄さんは、血のつながりはないけど、普通の兄弟より仲が良いかもしれないですよ。僕は兄貴を尊敬しているし、いっしょに働けると思うと、嬉しいんです」 
 「それは、よかったね」
 「兄貴になら、何でも話できるし、今回のことも力になってもらおうと思っているんです」
 「本当に、世話をかけて、すまないと思っている」
 「まだ、どうにかできるか、分からないけど、いろいろ頑張ってみます」
 聡子は、熱っぽくかたる、その純哉の顔をじっと見つめていた。
 「だけど、聡子さんて、本当に料理がうまいんだなあ」
 テーブルには、心づくしの料理が、並べられていた。
 「呑んべいというのは、結構口うるさいものですが、聡子の料理はまずまずですよ」
 隆造の機嫌はすこぶる良くて、口もなめらかだった。
 「あら、褒めてもなにもでませんから」
 聡子は、照れ隠しでそう云った。
 「聡子ちゃんは、部活は何をやっていたんだい?」
 「バレー部よ、でもうちの高校はものすごく弱くて、いつも1回戦で負けてばかりだったわ」
 「でも、楽しかったんだろう?」
 「そうね、仲の良い友達も一杯いるし」
 「聡子ちゃん背が高いし、美人だから、もててしょうがないんじゃない」
 「あら、純哉さん、酔ってるのね、そんなこと云うなんて」
 そういった、聡子は顔を赤らめていた。
 純哉は、酒のせいばかりではなく、華やいだ雰囲気の中でつい、出てしまった言葉だ。華やいだ雰囲気は、もちろん聡子が居るせいであった。
 「ところで、向こうについたら、僕の資料を取りまとめておじさんに送りますから、見てください。それと、新しいメニュー表もいっしょにね」
 「なにから、なにまで、すまないね」
 「いえ、自分が好きでやったことですから」
 純哉は、そう云ってから、聡子は自分の言葉の意味を気づいてくれただろうかと思った。そうして、そっと聡子の目をみると、聡子も純哉の目を見つめ返していた。純哉は、聡子の気持ちを感じて、なんともいえない嬉しさを感じた。おじさんはといえば、酒を呑むのに気をとられて、気にもとめていないようだった。三人の楽しいひとときは、またたく間に過ぎていった。

 明日は、早いから、今日は早めに終わることにした。だが、隆造は、もう少し飲み足りないといって、ひとりで手酌をしていた。
 純哉と聡子は、それぞれ部屋に戻った。明日は、勿論聡子が一緒に付き合ってくれることになっていた。純哉は、子どもの時、遠足が楽しみで夜寝付けないことがあったが、なんだか、今夜もそんなような気分であった。純哉の泊っている部屋は、田舎の旅館といった風情であったが、明日発つと思うと妙に愛着を感じた。ここで、過ごした数日間は、きっとこれからもずっと、忘れることはないだろう、純哉は暗闇の中で、目をあけたまま、そう考えていた。

 隆造は、しんとした部屋で、先ほどまでの賑やかな雰囲気の余韻を楽しむように、静かに酒を飲んでいた。こんなに楽しい酒は、久方ぶりだった。咲子が生きていた時を、思い出してしまった。
 ふと、純哉くんがこの家に来てくれたら、そんなことを思ってみたが、ありえないことであった。そう考えた、自分自身がおかしくて、隆造は苦笑した。ただ、聡子の嬉しそうな顔をみていると、なにか不憫でならなかった。
 隆造のまわりに、しんしんと、夜が更けていった。

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