HOME > 小説(現代) > 一枚の年賀状

 正月には、年賀状が欠かせないものだと思う。
 近年正月らしさというものが薄らいできていると云われても、懐かしい人からの便りは、やはり正月というものを改めて感じさてくれるものである。そうして、私には年賀状にはある思い出があって、そのことを思い出すと、ちょっとほほえましい気持ちになるのである。

 私が、以前居た会社の先輩に、桑山という先輩がいた。無類の酒好きであったが、いわゆる酒の飲み方がきれいで、とにかく明るく楽しい男であったから、皆に好かれていた。会社では、仕事についてはどちらかというと目立たない方に分類したほうが妥当であったろう。だが、退社後はがぜん彼の輝きの増す時間であった。彼の周りには、つねに同僚や、呑み仲間が居た。実際彼と飲んでいると、世の屈託など忘れてしまうのであった。

 年が明けて、間もない頃、どういう経緯(いきさつ)だったか、彼と二人だけで居酒屋にいた。居酒屋といってもピンからキリまである。そこの居酒屋は、カウンターだけの小奇麗な店で、ちょっとした小料理屋といってもおかしくはない店構えであった。

 「今は、何でも豊かになって、旨いものが食えるようになったな」
 「ああそうですね、今は毎日が、ある意味盆と正月みたいなものですよ」
 「そうだよな、だから逆に、正月といってもそれほど有り難味を感じなくなっているのかもしれない」
 「そうかもしれないですね」
 「この、刺身旨いよな。鯖といえば刺身のなかでは、高級な部類には、はいらないだろう?」
 「そうですね」
 「俺は、子供の頃は九州の片田舎にいたんだ。だから、刺身なんてそんな高級なものは、そうそうお目にかかることは出来なかった。ところが、まあ、鯖は安い魚だったからだと思うんだけど、しめ鯖だけは、口にすることが出来たんだ。そうして、初めて食べた時、こんな旨いものが世の中にあったんだって、正直俺はそう思ったよ」
 鯖は、光り物といって嫌う人は嫌うが、好きな人にとってはたまらないものである。勿論、私も好物であった。それと、酢でしめているから、もちが良くて田舎でも口にしやすかったのだと思う。
 「それから、俺は親にせがんで、よく魚屋にしめ鯖を買いに連れてもらいに行ったんだ」
 「へえ、じゃ先輩はしめ鯖好きのお得意さんだったというわけですね」
 「そうなるな。ああ、それで、思い出したことがある。高校生になって郵便局のアルバイトをしたことがある」
 「はあ」
 「ほら、年賀状配りだよ」
 「ああ、それですか」
 「実際は、配るだけではなくて、年前から区分けなんかで忙しいんだけどね」
 「そうでしょうね」
 「そしたら、地元なものだから、配る前に誰から自分に年賀状が来ているか分かっちゃうんだよな」
 「なるほどね」
 「そしたら、同級生の園田という女の子から、俺に年賀状が来ていたのさ」
 「へえ」
 「俺は、特にその子を意識していたわけではなかったけど、割と可愛い子だったから、速攻で年賀状を出したよ」
 「なんか、ずるいな」
 「なに、役得という奴さ」
 そう云った、先輩はにやにや笑っていた。
 「それで、上手くいったんですか?」
 「それから、付き合いが始まってさ、とどのつまりが、今の奥さんということさ」
 私も、彼の奥さんは見たことがあるが、とても気さくで、愛嬌のある女性だった。そうして二人はとても仲が良かった。

 「その年賀状には、何て書いてあったんですか」
 私は、月並みな発想だが、一緒に初詣にとでも、書いてあったのかなと思ったりした。
 「こう、書いてあったんだ。
 『今年もしめ鯖を食べて、頑張りましょう』と、
 実は、彼女は、魚屋の娘だったんだ」

<完>

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