HOME > 小説の森 > せんこう花火 > 第一章
プロローグ
昭和という時代は、様々な出来事とともに、大きく世の中が変わった時期である。
常套句のように使われる「昔はよかった」などと云うつもりはないが、エネルギーに満ちていて、魅力的な時代であったと思う。
当時は、携帯電話などという便利なものはなく、公衆電話が大切な通信手段であった。
いわゆる、郊外型大型店舗なるものの出現ももう少し先で、街の中心街には、人が満ち溢れていた。
第一章 突然の来訪者
私は、子供の頃、せんこう花火は地味でつまらないものだと思っていた。花火には欠かすことの出来ない華々しさには乏しく、ヘビ花火のように意外性があるわけでもないし、ネズミ花火のような派手な音がするわけでもなかった。ただ花火セットに入っているから、いわばしかたなく義務感のようなもので、遊んでいただけのような気がする。
田舎に住んでいた私の家に、突然都会から従兄弟が尋ねてきたのは、たしか私が、小学5年生の時だったと思う。それまで、私はその従兄弟に会った記憶がなかったと思い込んでいた。しかし、実際のところは、私が物心がつくかつかない頃には顔を会わせていたそうであった。そのことも、父がいろいろな経緯から、親類との付き合いが疎遠になっていたということを知ったのは、ずっと後になってからのことであった。
その従兄弟の彼は、私の家を訪ねて来たというより、大学の仲間と北海道一周旅行の旅に来てその道程で立ち寄ったというのが、本音のところであったようで、つまるところ一晩の宿を得たということであった。
一行は、四人であった。その従兄弟である敬之(たかゆき)と、同じ大学の謙次という人、そして二人の若い女性であった。でも、私が名前を思い出せるのは、佳子という女性だけであった。それほど、背が高くは無かったが、すらりとしていて子供心にも眩しい女性であった記憶がある。二人が同じ大学の人だったのかどうか、どういうつながりだったのか、思い出すことは出来ない。それよりも、当時子供だった、私にそんなことなど、話をしなかったということの方が、事実としてはありそうであった。
とにかく風のように来て、風のように立ち去って行った人達であった。
訪ねて来た日の夜、花火をやることになって、子供だった私は、当然のことながら一緒に遊ばせてもらった。二人の男は、とてもはしゃいでいた。今から思えば、おそらく酒を飲んでいたに違いない。男達の振り回す花火を眺めながら、私もいくつかの花火を手に取って、一人で火を点けていた。
「涼君はせんこう花火は好き?」
いつの間にか、彼女は私の近くに来ていた。
突然話しかけられた私は、いいえと云おうとしたが、なんとなく躊躇われて、あいまいな返事をしていた。
「そう、でも、せんこう花火って、ちょっと見は気づかないかもしれないけど、本当はとても綺麗なものなの。火を点けてから、消えるまで、色々に姿を変えていくの」
それから、彼女は、せんこう花火に火を点けて、その移り行く形を説明してくれた。最後に光が流れるところが、一番美しい瞬間なのだといった。でもそれが必ず見られるとは限らないということも、教えてくれた。私は、彼女の云うとおり、その時を、じっと目を凝らして見ていた。そうして、確かにその光を見ることが出来た。それは、はかなく細い光であった。
「いつか、涼君も、せんこう花火が好きになる時が、来ると思うわ」
そう云われて、思わず、私は彼女を振り向いた。彼女は、わたしの目を見て、言葉を続けた。
「涼君が、きっと大人になった時、そう感じるときが来ると思うわ」
どうして彼女がそう云ったのか、その時私はとても不思議な感じがした。だが、ずっと後になってから、私は、実際、せんこう花火の繊細で、はかない美しさというものを理解して、いとおしく感じるようになった。
向こうの華やかな花火の明かりが灯るたび、彼女の横顔が、くっきりと夜の闇に浮かび上がった。その時私は、今まで感じたことのない切ない気持ちになった。もちろん、当時の私はその感情をよく理解することはできなかった。そうして、そのとき、彼女の名前が佳子であるということを教えてもらっていた。
その夜、私は布団に入っても、なかなか寝付くことができなかった。暗い闇の中で眩しく光る、花火の明かりと、彼女の横顔が私の頭の中で、消えては浮かんでいた。それでも、いつか、私は眠りにひき込まれていた。
朝、私が目を覚ましたとき、連中は出発の仕度をしていた。私は、もう話がすることが出来なくなると思って、妙に寂しい気がした。それは、佳子が居なくなるからだと、自分では分かっていた。連中の車が動き始めた時、私はずっと手を振っていた。、
それから、彼女とは二度と会うことはなかったが、その時のことは私の記憶に深く刻まれていた。