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第四章 街へ

 カーテンの隙間から、差し込む光が眩しかった。涼一は、布団から起き上がると、二日酔いの頭を振った。
 昨日は、久方ぶりに敬祐と飲んだが、これほどまで飲みすぎたのは、理由があった。

 涼一たちが、最初の居酒屋を出て、馴染みのスナックに向かおうとしている時であった。涼一は目の端に一組の男女を捕らえていた。女は翔子であった。一瞬目を疑ったが、間違いなかった。連れの男は、涼一の知らない男であった。少し背を丸めて歩いていたが、背の高い男であった。二人の様子は、決して馴れ馴れしくはなかったが、カップルと云っても決しておかしくは無かった。

 涼一は、心臓をハンパーでなぐられたような衝撃を受けた。翔子と知り合って、半年近くになるが、二人の間柄は進行しなかった。それより、最近は、なんとなく疎遠なものを感じていた。デートに誘っても都合が悪くてと断わられることが多かった。だが、それでも会うことはあったし、付き合いを止めると断わられたわけでもなかった。涼一は、翔子の心を図りかねて、悶々としていた。先ほど見た男は、彼氏なのだろうか、そう思うと、激しい不安と寂しさを感じた。それを、打ち消すために涼一はアルコールに埋没してしまった。

 涼一は、午後になって外に出た。二日酔いで気分は最悪であったし、目が覚めて見れば、心の痛みが復活していた。それは、じわりじわりと涼一の心を圧迫して、行き場の無い寂しさというものを、もたらしていた。辛気臭い下宿の部屋に閉じこもっていても仕方が無い、そう思って外に出たのである。

 涼一は、近くの公園に向かった。陽が明るかった。微かに風が吹いているのが、肌に心地よかった。北海道は、今最も、爽やかな季節を迎えようとしていた。休日だから、そこそこの人がいた。やはり子供連れが多かった。若い男女連れもちらほら見かけた。そういえば、二人で公園など歩いたことは一度も無かった。どうしてだろうと考えてみたら、会うのは彼女の公休日の前日の夜がほとんどであったことだと気が付いた。彼女の公休日は水曜日であった。それで、涼一は前日の火曜に電話することが多かった。本当は毎週でも会いたかったから、デートした日の分かれるときに、来週は会えるだろうかと聞くのだったが、彼女はいつもこう云うのであった。先のことはわからないわ、だから近くなったら電話して。

 でも、涼一は今どうしても彼女に会いたいと思う気持ちを抑えることができなかった。そうして、会ってこの前見た男のことを聞きたいと思った。しかし、自分は本当にそのことを彼女に聞けるのだろうか。涼一は自分の気持ちに危惧していた。結局は何も話することは出来ないかもしれない。様々な思いが胸をよぎって、思いは千路に乱れるばかりであった。それでも、彼女に会いたいという気持ちだけは変わらなかった。

 その公園には池があった。それほど大きな池ではなかったが、ボートが乗れるようになっていた。涼一はベンチに座って、ぼんやりその池を見ていた。男の子と父親であろう二人が乗っているボートが目の前をよぎっていった。男の子は小学生であろうか、慣れない様子で必死にオールを動かしている。涼一はふと、母親はいないのであろうかと気になった。涼一はボートの係留場のベンチに目を走らせた。そのベンチには一人の女性が居た。彼女は日傘を斜めに差していた。彼女の顔はよく見えなかったが、その視線の先は、件のボートであることが分かった。そうして突然、涼一は子供の頃の自分を思い出していた。幸せだったあのころ。明日は永遠に続くように感じられていた。
 自分は一体なにをしているのだろうと思った。大学の勉強の方は身が入らなかった。ぎりぎりのところで、留年はしないできたが、いよいよ真剣に将来のことや就職のことを考えなければならなかった。だが、なにひとつ自分のことなのに、しっかりしたイメージというものを持つことが出来ずにいた。そうして、翔子のこともそうであった。彼女と居ると楽しいのだが、自分は彼女を愛しているのだろうか。そのことは、自分の気持ちと向き合ってみても不安があった。二人の将来の姿を、思い浮かべようとしても、そこにはなにも見えなかった。

 しかし、自分が翔子を好きだということだけは、まぎれようもない事実に思えた。そうして、これから翔子の店まで歩いて行ってみようと思った。店に入るつもりなど、もちろん無かったが、ただ、彼女のいる店を見たいという、それだけであった。街中までは、結構な距離がある。急ぎ足でも三十分以上はかかるが、とにかく、じっとなにもしないでいることは苦痛だった。そうして、店に付く頃には二日酔いも大分抜けているにちがいないと思った。涼一は、公園を抜けると、広い道をゆっくり街に向かって歩き初めていた。
 
 涼一は、たまに歩くことも良いなと思った。なぜなら、あたりの景色を楽しんでいるときは、全ての憂さを一瞬でもわすれている。逆に、何かを考えていたいときは、それはそれで、歩いている行動のせいで、妙なこころのバランスが取れているような気がする。かなり歩いていた。ようやく街中に入ってきていた。涼一は、のどの渇きを覚えて、先ほど途中の店先の自動販売機で飲み物を買っていた。
 公園というものは、大体が郊外や、街外れに多いと思うのである。だが、ここは街中であっても、大きくはないが、こぎれいでなかなか、風情のある公園であった。涼一は、ベンチに腰掛けると、飲み物を口にした。目の前の噴水には、小さな子供の手を引いた、若い母親のすがたがあった。そのとき、ふと涼一は妙な気持ちに捕らわれた。いつか、自分も家族というものを持つようになるのだろうか。おそらく、そうなるのだろうとは、思ったが、想像してみても、どうしても実感が湧くことは無かった。自分の未来は、混沌としている、そういう思いしか感じることは出来なかった。しばらく、涼一は、そこで物思いに耽っていた。

 そろそろ、日も傾いてきたので、涼一は、翔子の店への道を急ぐことにした。何度か通った道であった。何気ない通行人を装いながら、涼一は、店の中に目を走らせた。思ったとおり、翔子の姿は店の中になかった。涼一は、その斜め向かいにある、公衆電話ボックスに入った。

 「すみませんが、沢崎さんをお願いしたいのですが」
 何度も、聞きなれた女性の声であった。電話に、出るのは翔子かこの女性であった。
 「ちょっと、待ってください」
 すぐに、翔子の声にかわった。
 「沢崎ですが」
 「僕です、織田ですが」
 「こんにちは」
 「しばらくだね、来週会えないだろうか」
 来週は、月一の店の休日のある週であった。それは、十五日と決まっていたから、十四日の夜に会うことになるだろうと思っていた。いつもは、こんなに早く電話することは、なかったが、今回はどうしても会いたかった。
 「大丈夫とは思うけど、まだはっきりとはわからないわ」
 いつもの、ものの云い方であった。いつもなら、また、電話するで終わっていたはずだ。
 「ねえ、どうしても会いたいんだ、十四日は都合悪いの?」
 しばらく、受話器の向こうで沈黙があった。涼一には、その時間がひどく長く感じられた。
 「ええ、ごめんね。それじゃ、十五日なら都合がつくわ」
 「待ち合わせは、いつも通りで良い?」
 「ええ」
 「時間は?」
 「六時よ」
 「わかった、それじゃ」
 それで、電話を切った。涼一は、電話ボックスを出ると、大きく息を吐いた。そうして、元来た道へと、歩き出した。

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