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第七章 クリスマスイブ

 涼一は、翔子にも手島にも引け目を感じていたのだと思う。いまだ、自立していない学生という立場がそうであった。飲みに云ったときも、翔子に会計をしてもらうことがあった。それは、涼一の自尊心を傷つけるほどのことではないものの、けっして気持ちの良いものではなかった。本来なら、本文の学業に励むのが、一番あたりまえの生き方のはずであった。だが、涼一は、大学の勉強にどうしても打ち込むことが出来ずに居た。そうして、今回の翔子との心の痛手が、全てを投げ出したい衝動で、涼一を突き動かしていた。
 涼一は、無意識に心のバランスを保とうとしていた。何でもいいから、何かをしていたいと思った、今の自分を忘れることができるほど。
 涼一は、がむしゃらにアルバイトを始めた。とにかく金を稼いでみたいと思った。先輩の牽(ひ)きもあって、夜の仕事にも、足を踏み入れた。そうして、稼いだ金は、飲むか遊ぶか、そんなことに使い切っていた。
 すさんだ生活が、続いていた。友人の敬祐も、彼のことを心配して、下宿にも訪れていた。だが、涼一は、もう少し、自分のことを放っておいてほしい、そう敬祐に頼み込んだ。結局のところ、敬祐も、涼一のしたいようにさせるしか、ないのだろうと思う他なかった。
 それでも、大学の方は、最低限であったが、出席だけは続けていた。

 秋が過ぎて、雪が降り、師走を迎えていた。
 涼一は、相変わらずの生活を続けていた。一般の、大学生の生活とは、大分かけ離れている内容だった。
 翔子と会わなくなってから、何人かの女の子と付き合っていた。その中には、水商売の女もいた。だが、いつも長続きのすることは無かった。好きだという気持ちがあっても、心の落ち着くことがなかった、そうしているうちに、心がだんだん醒めていった。その繰り返しであった。
 その日は、クリスマスイブであった。
 涼一は、朝永(ともなが)真智子という女の子と、待ち合わせをしていた。彼女は、専門学校に通っている、若い娘であった。性格が明るくて、すさんだ涼一の心に、僅かばかりの滋養を与えてくれた。
 最初の店では、軽い食事と、シャンパンで乾杯してきた。二人が、次に来たのは『クールムーン』と云う店であった。カップルに人気の高い、ちょっとしゃれた店であった。ただ、変わっていることが一つあった。カウンターが大きな、円を描いていたのである。そうして中央の上には、大きなシャンデリアがあった。その名のように、店内は藍色の淡い照明でコーディネートされていた。

 涼一たちは、案内された席に座ると、飲み物を選んだ。イブだけあって、店内は盛況であった。今日はさすがに、カップルが多かった。
 「私、この店初めてだわ」
 「そう、客の顔が見えるなんて、ちょっと変わっているけど、これはこれで、いいこともあるんだぜ」
 「あら、そうして」
 「話題に、困ることがないからさ」
 「ええ、それって、わからないわ?」
 「例えば、あのカップルはお似合いだとか、不倫くさいとか、いろいろ勝手なことがいえるだろう、だからさ」
 「おもしろいわ」
 「他の人たちも、私たちのことを見て、勝手なことを云ってるんでしょうね」
 「ああ。そうかもしれないな」
 そうして、彼女は化粧室にと、立って。
 涼一は、そこでゆっくり店内を、見回していた。そうして、真向かいのカウンターに目をやった。
 そこには、翔子がいた。涼一は、びっくりした、久方ぶりに見る翔子だったが、最初に浮かんだ感情は、懐かしいというものだった。そうして、少ししてから、心の痛みがすこしずつ、蘇ってきた。
 翔子も、涼一に気が付いていたようだった。彼女の忘れられない表情がある。それは、涼一を見つめるとき、顔を少し傾けて、そうして、二三度、瞬きをするくせがあった。どうしてだか、そのときの彼女の表情は悲しそうに見えた。後になってから、涼一は、翔子に一番惹き付けられたのは、その表情ではなかったかと思うようになった。
 彼女は、今ようやって涼一を見つめていた。涼一は、本当に、彼女のことが好きだったとおもった。すぐ目の前にいるのに、もう言葉を交わすことも無い、そのことがひどく悲しく思えた。
 隣の男は、川端ではなかった。涼一の知らない男であった。でも、それも今の自分には関係のないことであった。
 真智子が戻ってきた。
 「おまたせ、外は雪が降ってきたわ」
 「そうか、ホワイトクリスマスになったわけだ」
 「ねえ、今日は、楽しく飲もうよ」
 「そうだね」
 「だって、イブだもの」
 それから、ふと、涼一が向かいに目をやった時には、もう二人の姿はなかった。
 イブに彼女の姿を、見るなんてなんて皮肉なのだろうと思った。でも、ほんの僅かではあったけれども、そのことは嬉しかったと感じている自分を感じていた。
 真智子は、好い娘だ。どのみち、飲むなら楽しい酒が良いだろう。涼一は、そう自分に向かって語りかけていた。

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