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第一章 突然の電話

 その日は夏の終わりにしては、妙に蒸し暑い一日であった。昼食を終えた私は、庶務の岬女子のいれてくれた冷たい麦茶を飲みながら、やたらと団扇を扇いでいた。今時は経費節減で、エアコンなどとんでもないことである。
 「それにしても部長、今日は北海道の気候にしては暑すぎますよね、これも温暖化の影響ですかね」
 事務所に残っていた、部下の川瀬が言った。
 「そうかもしれないな、暑くなったり寒くなったり、昔はこんなんじゃなかった気がするよ」
 私がそう云ったとき、電話が鳴った、昼休みにしては珍しいことである。岬が電話を取ると、しばらく受話器を耳に押し当てていた。それから、彼女は受話器を手で押さえながら私を振り向いてこう云った
 「部長、神奈川の白井という方から、電話が入っているのですが、出られますか?」
 会社へでも、何かのセールスだとか先物がどうでしょうかなどとか訳の分からない電話が掛かってくることも多い。彼女の表情は、私の判断を読み取ろうとしているようであった。私に心当たりはなかったが、とりあえず、電話に出ることにした。
 「島崎ですが」
 「やあ、島崎君か、ずいぶんしばらくぶりですが、白井です。覚えているだろうか、小学校5年の時同級生だったのですが」
 受話器の向こうから、聞きなれない男の声が聞こえてきた。
 私の頭の中には一瞬の空白があったが、しかし、その白井のことはすぐに思い出すことが出来た。たった1年間しか同じクラスに居なかったのであるが、印象の強い同級生であった。
 「驚いたな、覚えているとも。それにしてもよく俺のところが分かったな」
 「H社の神沼部長って知っているだろう。彼から君のことを聞いたのさ」
 H社は大手ゼネコンである、神沼とは以前自分が本州に居たときに担当した工事の共同企業体で知り合いになっていた。酒好きであったが、偉ぶらなくて、気持ちの良い男であった。当時はまだ係長であったが、すっかり気が合って、仲良くなった。そんなことから、いまだに、年賀状のやり取りをしていた。

 「そうか、世間は狭いってことだな、ところで何だい、急に電話をよこした訳は」
 「神沼の話では、君は結構いける口だと聞いたんだ。実は近々、北海道に行こうと思っているんだ。其方にも寄るので、昔話方々、いっぱい遣りたいと思うんだ。急で厚かましいとは思ったけれど、どうだろう都合がつくだろうか」
 「そうか、俺のほうはかまわない。でも小学校時代の連中とは全く繋がりが切れてしまって、知っている奴は居ないんだ。まあ、この街に残って居るものもほとんど居ないとは思うんだが」
 「いや、かまわないよ。君と話ができればそれでいいんだ」
 「この街には、いつ来る予定なんだ」
 「九月の初めを考えている」
 「ああ、日程が決まったら俺のほうは都合をつけるよ、ところでどんな店がいいんだ」
 「その街の香りがする、居酒屋ならどこでもいいよ」
 「細かい打ち合わせはどうしょうか?」
 「そちらのファックス番号を教えて、くれないか」
 それで、俺達の会話は終わった。街の香りなんて、エンジニアにしては洒落た物言いをする男だと思った。小学校時代の同級生だとはいえ、今となってはほとんど初対面みたいなものであった。だから、そのような物言いをする男なら、きっと楽しい酒を飲めそうだと、幾分気が楽になった。
 間もなく入ったファックスには、こう書いてあった。××××株式会社 ××工場 生産技術部 部長 白井雄一。その会社は、日本でもトップクラスの電機メーカーであった。そうして、そこには、連絡先と彼の写真があった。ファックスだから鮮明とは云いがたいが、大体の容姿は確認できた。眼鏡をかけているが、すこし薄めの唇以外は、特に目立った特長の感じられない顔であった。仕事に使うのであろう、畏まった表情をしていたが、印象は悪くはなかった。
 それにしても、特別親しかったというわけでもない自分に、なぜ突然電話を寄越したのだろう。そうして、何年ぶりになるのだろうと考えてみたら、丁度四十年振りのことになる。今度、会う時には、その辺の経緯も聞くことが出来るだろうと、私は思った。

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