第二章 再会
約束した時間は午後の6時であったが、私がホテルのロビーに付いたのは丁度十分前であった。て、どの椅子が待つのによいかと品定めしているうちに、エレベーターから降りた一人の男がこちらに向かってきた。私は、その男が彼であるとすぐ分かった。
「やあ」
彼の第一声であった。
中肉中背であった。たださすがに我々の年代の多くの者がそうであるように多少お腹が出ていた。銀縁の眼鏡をしていて、口元は意思の強さをうかがわせたが、件のファックスよりは全体に柔和な表情であった。笑うと、目元に人懐っこさが浮かんだ。髪には、白髪が結構混じっているが、ふさふさしていて、私は多少そのことには引け目を感じた。確かに、一流会社の部長と言ってはばからない風貌であった。私は、それらを一瞬で読み取っていたが、彼も私を、じっと見つめていた。
「忙しいところ、申し訳なかった。島崎君、やっぱり面影があるよ」
「そう、言ってもらえるとあり難いよ。頭のとこは多少さびしくなったがな」
「それは、しょうがないさ。でもお互い元気なことはよかったんじゃないか」
今日は、暑い一日であった。二人とも、半そでのラフな格好をしていた。彼をうながすと、私達はホテルを出て、舗道を歩き始めた。夜の繁華街は、目と鼻の先であった。
「僕が居たころの街並みとは、全然変わってしまっているよ。まるで初めてきた街のようだ」
「当然だろう、いったい何年経つと思う。変わらないほうがおかしいだろ」
「そりゃ、そうだな」
彼の言葉には、感慨が込められているように感じた。
「それにしても、本当に驚いたよ、電話が来たときには。正直なところ、最初は白井といっても、ピンとこなかったんだ。まあ後からいろいろ思い出したけれどね」
「そうだろうな、君とは丁度1年間しか一緒にいなかったし、そんなに話をしたわけじゃなかったものな。というより実際にはほとんど話したことはなかったかもしれないな」
彼の言葉には、懐かしさとそして感慨が込められていた。
「ところで、どうして、俺に電話する気になったんだ」
「今日は時間もたっぷりあるし、そのことは飲みながらゆっくり話をしたいと思っているんだ」
私は、実はそのことが興味津々なのであったが、話をしているうちに、目的の居酒屋に着いていた。少しばかり急な、階段を私たちは登った。
この店は、私が学生時代によく飲みに来た店であった。地元の大学を卒業して本州に就職した私は、この街に戻って来ることになるとは、その時は思ってもみなかった。ところが、ひょんな事から、十年程でUターンをしていた。たった十年足らずであったが、夜の繁華街も随分様変わりしていた。ここは、経営者が変わってはいたものの、私の思い出のままの店の一つであった。多少改装されていたが、木の手触りがするところが、気に入っていた。しかし、もっと気に入っていたことは、仲々ここの料理は旨かったし、それにしてはそこそこ安かったことである。おそらく、この街の居酒屋でも最も流行っている店の一つであったと思う。だから、あらかじめカウンターに二名の予約を入れておいたのである。小上がりもあったが、二名ではちょっと気がひけたのと、なんだか仕事で飲んでるような気分になってしまう。おそらく、彼もそれを望まないだろうと私は思っていた。彼の口から、どんな話が出るか分からないが、わざわざこの地方くんだりまで、堅い話の酒を飲みに来るはずがないと思っていたのである。
注文を聞きに来たのは女将であった。ここの女将は居酒屋の女将というより、クラブのママのほうが似つかわしかったであろう。だが、カウンターの中にいるここの主人が亭主であった。
「あら、島崎さんいらっしゃい、しばらくぶりですね。きょうは珍しい方と一緒ね」
相変わらず応対に如才がない。。
「ああ、とても旧い友達なんだ。はるばる神奈川から来たんだ」
「そうですか、どうぞ、ごゆっくりしていってくださいね」
私達は、生ビールと、とりあず幾つかの料理を見繕って、注文した。
「せっかくだから、名詞交換しておかないか」
白井が云った。今日は、仕事ではないから名詞のことは頭に無かったが、さいわい、財布にくたびれてはいるが一枚だけ残っていた。彼はそれを受け取ると、声を出して読み上げた。
「××組 工事部 取締役部長 島崎俊郎、そうか取締役なんだ」
「取締役といったって、しがない地方の土木屋さ、それにうちの会社は実際は同属会社だから、俺の肩書きも本当のところは単なる名前だけさ」
「そうか、まあ、どこでもいろいろ大変だからな」
そういってくれた、彼の表情はあながち外交辞令ばかりではないように私には感じられた。
それよりと私が言いかけたとき、ピールが来た。それで、早速乾杯をすることにした。グラスを合わせたとき、私は云った。
「懐かしい出会いに」
そうして、彼が続けた。
「二人の健康に」
最後に二人で声を合わせた。
「乾杯!」
喉に染み入る旨さとはこのことであろうか、最高のピールであった。
「白井は、都会で随分良い店に行っているかもしれないけれど、ここは旨いものを出すし、なにより気の置けないところが良い」
「確かにな、君と、こうやって再開して飲むことが出来て本当に良かったと思っている」
そうして、私達は突き出しに箸をつけた。いつもここの突き出しは、趣向を凝らしていて、仲々楽しませてくれる。しかし、これはなんだろう、とても食感が良い。私は丁度料理を運んで来た女の子に聞いてみた。
「それは、丘ひじきの和え物です」
私は、白井に云った。
「これは、なかなか旨いな」
「うん、これは良い。酒のつまみには最高だね」
彼が、この店を気に入ってくれたようで私は、ひどく満足していた。私も、本州での生活は結構長かった。随分いろんな所でも飲んだことがある。会社の経費で結構高級な店で飲んだこともあった。だから、現在の白井のこともおおよそのことは、見当がついた。自分が住んで居るこの地方都市の店は決して垢抜けているとは云わないが、なにより肩肘の張らない店ばかりであった。本当に旨い酒が飲めるのは、そういうといころであると、私のいわばこだわりというか大げさに云えば信念の様なものがあった。だから彼が、同感してくれたことが嬉しかった。
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