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第三章  リストラ

 「さっき、それよりと言いかけたけど、何て言おうとしたんだい」
 白井が聞いてきた。
 「ああ、本題のことさ、どうして突然俺に電話をよこしたんだ?」
 白井は、おしぼりを握ったまま、どのように云おうかと考えているようであった。しばし間をおいてから口を開いた。
 「実は、リストラになったんだ」
 私は、思わず「えっ」と聞き返した。
 「というか、実際は自分から辞めることにしたんだが」
 わたしは、ピールジョッキをカウンターの上に降ろすと、彼の次の言葉を待っていた。

 「君も、僕の会社のことはニュースなどで聞いたと思うんだが、実は大幅なリストラをすることになったんだ」
 「そういえば、そんなことは聞いたな」
 「でもな、うちの会社は、リストラといっても首切りそのものを強制的に行うわけではないんだ。早期退職制度ってやつさ。退職金が割り増しで貰えたり、その他にもいろいろな優遇措置の恩恵を受けることが出来る」
 「それにしたって、職を失うことには違いないんだから、やっぱり大変なことんだろう」
 「それはそうさ、でもたとえ残れたとしても、そのことが必ずしも良いとは限らないんだ
 そう云うと、白井はジョッキをぐっとあおった。

 私はそのことを、他人事とは思えなかった。会社の業績は芳しくなかったし、今後の見通しは明らかに暗いものであった。だが、残念ながら社長とはそのことをきちんと話を出来るような状況では無かった。だから、私はずっと気持ちの晴れることはなく悶々とした日々を過ごしていた。

 「私を引き立ててくれた役員がもうすぐ、勇退することになっている。そうして今最も力のある役員からは、私は良く思われていないんだ」
 「どうして、そんなことになっているんだ」
 「君は畑違いだから、分からないかもしれないけど生産技術ってなにをするところだと思う」
 「そりゃあ、その字面からいえば、物を作る技術をサポートするところなんだろう」
 「そうさ、そのとおりさ。世界の中でも、日本は特にその技術に抜きん出て経済発展を支えてきたといわれている。その自負は、自分にもあるんだ」
 彼は眼鏡の奥の目を見開くと、強い口調でそう云った。
 「だがな、そのセクションの長である自分の仕事はちょっと違うんだ」
 彼は息を継ぐと、私に云った。
 「それより島崎はさっぱり飲んでいないんじゃないか。今日は大いに飲もうじゃないか」
 「そうか、いいとも」
 そうして私はジョッキを傾けた。
 「確かに、生産技術というのは技術面のサポートをするんだけど、組織的に見ると経営陣と、製造現場の中間的な立場にあるんだ」
 「組織上か、そういうものなのか」
 「だから、僕は経営陣から色々な計画の立案とか調査を命じられたりすることがあるし、またそれとは逆に現場サイドからのサジェスチョンとか・・・」
 「おいおい、そんな難しい言葉を使わないでくれよ」
 「ああ、悪いな。現場サイドからの提言とか、あるいは経営陣への助言とかいったりすることもするんだ」
 「なるほどな」
 「君も想像がつくと思うが実は経営陣と製造現場では、ものの考え方に大きなギャップがあるんだ。立場が違うから仕方がないといえばそれまでのことなんだが」
 彼の云っていることは、よく分かった。ひとことでギャップというが、それは単なる考え方にとどまらず、どろどろしたものや思惑を含めて、埋めがたい溝であろう。彼の云わんとしていることが、私には肌で感じるように同感できた。
 「そんなことで、私はいわば調整役のようなことをしなきゃならなかったんだ。だが、結局は調整不可なものをむりやり調整しようとしているようなものだった」
 彼は、苦いものを噛み潰すように言葉をかみ締めながらそう云った。
 「実は今回のリストラ実施については、相当前から密かに計画が練られていたんだ」
 「それはそうだろうな、要は従業員解雇に繋がることだから、ちょちょいのちょいと決められることではないものな」
 「それで、私も初期の段階からその検討メンバーの一人として参加していたんだ」
 「そうだったんだ」
 「ある意味、それは私自身にとっては皮肉なことにチャンスになったかもしれなかったんだけどね」
 私は、そうだろうなと当然のこととして相槌を打っていた。
 「でもダメだったよ。私は自分の育ってきた、職場や部下達に対して突き放した見方をすることが、どうしてもできなかった」
 「うむ、白井ならそうかもしれないな」
 「結局、必要以上に現場サイドの意見の代弁をすることになってしまったんだ。僕は、自分自身の溝を埋めることができなかったのさ」
 「そうか、でも慰めにもならないかもしれないが、俺でも、もしかしたらそうしたかもしれないな」
 「結局、計画遂行するためのメンバーとしては不適切と判断されてしまったんだろうな、最終段階でメンバーから外されたよ」
 「それは、ちょっときつかったな」
 「でも俺がやったことは全く無駄ではなかったよ思うんだ。今回の発表内容を見ると、私が主張してきたことが取り入れられたり、配慮されているところが見受けられたからな」
 「それは良かったじゃないか、ということは経営陣の中にも君の事やその考えを認めている人間がいるということになるんじゃないか。だとすれば、今後のこともそんなに悲観をすることもなかったんじゃないのか」
 「そう単純なことではないさ。今回の件では、中心となっている役員とぶつかっている。つまりぶつかったということは、私は自分を主張したんだ」
 「それは、それで悪いことではないと思うが」
 「だが、今後は、彼が会社の経営でリーダーシップをとっていく。そうなれば、彼は必ず私を排斥していくと思う」
 それを、聞いていた私は、感情的に納得することはできなかった。
 「おそらくその役員は、優秀な人間だと思うが。そんな感情的なことで、今後の会社の運営をしていこうというのか。それこそ、俺にはいい加減に見えるが」
 彼は、苦笑するとこう云った。
 「そういうものでもないんだ。当然のことだが、役員といえども一人では何もできない。優秀な部下やチームがあればこそだ。そうだろ」
 「それがそうだが」
 「今は会社の非常事態だ、人間いろいろな考えがあって然るべきさ。だが、今はそんなことを言っている余裕はない。会社を一本にまとめて、引っ張っていくリーダーシップが一番大切なことさ」
 「そりゃそうだ」
 「だから、つまり色んな部下達の考えを取りまとめたりする余裕も、費やすエネルギーもないということさ。場面が違いすぎる」
 「そこまで、分かっててなぜ」
 「サラリーマンとはそういうものだし、サラリーマンが自分を主張するということはそれだけの覚悟がなければ出来ないってことさ。まあかっこいい言い方をすれば、自分に正直だったということにはなるかもしれないが」
 「なるほどな。会社は非常事態だ、戦闘機でいえば、アフターバーナーを点火したというところか、もう後戻りはできない。もたもたしてたら墜落してしまうからな」
 「おや、お前そんな言葉を知っているのか」
 「俺だって、そのくらいのことは知っているさ」
 初めて二人の間に笑い声が上った。そうして、私は白井が自分のことを、お前と云ったことに気が付いた。ようやくアルコールが入ってきたのか、畏まっていたところが少しは砕けてきたと思った。頼んでいた料理は、もう揃っていて、あらかた、手がついていた。そこで、追加の料理を頼むことにした。店は、いつの間にか客でいっぱいになっていて、笑い声が、喧しかった。トイレに立った白井は戻ってくると、どうだ、これからは酒にしないかと云った。

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