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第七章  濡れ落ち葉

 「ところで島崎、『濡れ落ち葉』って言葉を知っているか」
 「その位、俺も知っているよ、定年退職後の哀れなサラリーマンの姿を現しているんだろう」
 「そのとおりだよ、我々って結局会社人間だと思わないか。とにかく、仕事優先だし、会社が終わってからは同僚と一杯呑むわけだろ。おまけに休みの日でも会社の連中と集まったりして、これって良く考えるとおかしいのかも知れない」
 「確かに、そこまで会社べったりだと、おかしいといえばおかしいかもしれないな」
 「そうだと思う。それじゃ我々は、自分の為じゃなく、会社の為に生きているような気がするよ。一体会社が無くなったらどうなるのか」
 「そういうことなんだな」
 「仕事一筋で、趣味も待たない人間が、定年退職したら急に老けるって話を聞いたことがある。それは一体何をしたら良いか分からなくなってしまうからだそうだ」
 「悲しい話だよな」
 「生きる目的、つまり生きがいを見出すことができなくなってしまうことだな」
 「会社人間ほどそうらしいな」
 「僕も、振り返ってみれば、家庭を顧みないほうだったと思う。実際仕方が無かったとは思うが、その結果としては寂しいものを感じるよ。カミさんも息子も俺に対しては、冷淡なものだ。しかし、そう感じているのは自分だけであって、二人にはとって自分は空気みたいな存在でしかないのだと思う」
 「俺にも、耳の痛い話だ」
 「要は、気が付いたら家族のほうは、すっかり自立してしまっているということさ。それぞれの、生き場所があり、生き方があるということだ」
 「そういう風にも云えるな」
 「だから、自分から会社や仕事が無くなったら、自分の生きがいってなんだろうと考えるようになった」
 「それは分かるが、俺の場合はまだそんな場面ではないし、そんな余裕もないのが現実さ」
 「それじゃ、島崎。人間ってどうして生まれてくるのだと思う」
 「おいおい。急にそんな難しいことを聞くなよ」
 「じゃ質問を変えるが、人間って仕事をするために生まれてくるものだと思うか」
 「そりゃ、ノーと答えるに決まっているだろう」
 「当然だろうな。誰でもそう答えると思う。答えは『生きるために、生まれてくるのさ』」
 「何か妙な物言いだが、たしかにそうなんだろうな」
 「生きることのなかには、当然仕事をすることも含まれていると思う。仕事の意味するところは、確かに人生そのものと行っても良いほどの、重みがあると思う。しかし、だからといって、それが全てだということにはならないだろう」
 「確かに、そうは云えるな」
 「僕は仕事を通じて多くのことを学んだ。それが、人生を生きるということであることには疑問は感じない。だが、良く考えてみるとそれ以外の選択肢はなかったのだろうか。そこが問題だと僕は思ったんだ」
 「それは、どういうことだ」
 「人生というものは流れというものがある。どんなに、あることを望んでも、それが実現出来ない、あるいはそんな環境にないということがある」
 「それはそうだ」
 「だが、ふっとその流れが変わったり、思わぬ展開が見えてくることがある。よく言う人生の転機ってやつだな」
 「なるほど」
 「今回のリストラのことは、そんなことをずっと感じていた自分にとって、得がたいチャンスじゃないかと思うようになった。そうして、巡り巡って、今ここにいるというわけさ」
 私は、白井の云わんとしていることが、少し分かって来たような気がした。彼は、今までの人生に結局のところは満足しているが、これからその延長上で生きることが、自分の人生として自分自身納得がゆくのかということについて考え始めたのだろうと感じた。

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