第八章 休暇
「うちの会社には『リフレッシュ休暇』という制度があるんだ。ある勤続年数を過ぎたら取得できる長期休暇さ。目的はその名のとおりリフレッシュさ。そうして新たに仕事に対して頑張ってもらおうという趣旨なんだ。今回は特別処置としてこの休暇が対象者に適用されたんだ」
「いわゆる優遇処置か?
「そうだ、つまり会社に籍はあるが、給与は通常通り指定の期間支給されるとわけさ。それにしても、皮肉なリフレッシュにはなったものだけど」
「それは、うらやましい話だな。どのくらいの期間になるんだ」
「通常は、二ヶ月さこれは、退職金割り増しとは、全然別物として扱われるから。確かにありがたいよ」
「一般にあるような、リストラだとそうはいかないだろうな」
「そのとおりさ。日本ではリストラというと単なる首切りみたくなっているが、本来は会社の建て直しをはかることが目的なことは知っているだろう」
「本来は、そうあるべきなんだろうな」
「うちの会社は、その本来のリストラをやったのさ。しばらくは、大変かもしれないが、必ず復活していくと思うよ」
そういうと、白井は笑顔を見せた。そうして話を続けた。
「本来のリフレッシュ休暇であれば、旅行に行くものが多かったな。中には家族で海外旅行に行くのもいたよ。しかし、さすがにこの休暇はそう浮かれてはいられないだろう」
「そうだろう、分かるよ」
「早速職探しに奔走する人もいたよ。でも僕は、会社に行かないということは、どういうことなんだろうって、それを実感することを始めた」
「ほう」
「まず、街を一人で歩いてみたよ。もちろんサラリーマンがあくせく働いている時間に、電車に乗って色々な街や店や公園を歩いてみたよ。それもただ歩くだけじゃなくて、いろいろ観察しながらということだったけど」
「なかなか、ユニークなことを始めたな」
「そうそう図書館にも随分通った。それまでは、一応仕事に関する本を読読むことはあったけれども、ゆっくり読書をする暇などなかったからね、時間はたっぷりあるから結構いろいろ読んだ」
「少しは、うらやましいような話fだな」
「ああ、それと初めて、図書館からの本の貸し出しを経験したよ。何十年も生きていて初めてのこともあるものだなと思ったよ」
「俺は、そんな経験をしていないな」
「まあ、そんなことをしながら、少しずつサラリーマンではない自分というものに慣れようとしてみたんだ」
「どうだ、最初はぴんとこなかったんじゃないか」
「やっぱり、最初は不安というか何か心もとない感じがしたが、徐々になじんできた」
「そうだろうなあ」
「そうして、これから自分は何をしたいのか、どうしてゆけば良いのかじっくり考えていこうと思っていた。そんな時、町内会の行事があった」
「町内会か、俺は余り参加していないな」
「僕も、それまでは、忙しかったことを理由に、最低限の付き合いというものしかしていなかった。だが、状況が変わったからね、今回は思い立って飲み会にもじっくり付き合うことにした。結局二次会にまで行ったよ」
「なるほどな、楽しかったのか」
「正直なところ、年配の人たちが多かったが、とても楽しかったよ」
「それは、良かったな」
「仕事に関係の無い酒と、話というものがこんなに楽しいものだとは正直思ってもみなかった。島崎も知っていると思うけど、僕は子供の頃から余り人付き合いが得意なほうではなかった」
「まあ、そうだったな」
「子供の頃は、転校が多くて友達が出来なかったということも、一つの原因ではあったかもしれないが、やっぱり人付き合いは苦手なほうだったな」
私は、彼の同級生時代のことを思い出していた。確かに友達は少なかったと思う。
「それでも、年を重ねてそれなりの付き合いというものはできようにはなっていた」
「それが、自然だろうな」
「ただ、その行事への参加が、何かを掴むきっかけになった気がするんだ」
「どんな、心境の変化だ」
「それまで、僕は人付き合いが苦手だと思っていたが、よくよく考えると苦手ではなくて、ただ楽しくなかったということじゃなかったかと気が付いたんだ」
「なるほど、本質的な問題だな」
「しかも、それを良く考えると、楽しくないんじゃなくて、自分が楽しもうという気持ちがなかったんじゃないか。そんな気がしてきた」
私は、仕事を止めると言うとんでもない環境の変化が、彼の心の中の自分を見つめなおさせたのだと思った。彼は、実際、楽しそうに話をしていたが、酒がすすんできたことばかりではなかっただろう。
「実は、その休暇中にしようと心に決めていたことがひとつあったんだ」
「それは、なんだい」
「それは、子供の頃の風景を訪ねてみようということさ」
「ふうん、そういうことね」
「さっき海外旅行の話が出たけど、僕は逆に自分探しの旅をしようと思った。僕は、北海道のあちこちを転々としたからそこを訪ねてみようと思っていた」
「気持ち、分かるな」
「そこで、以前の僕なら、ただそれだけのことだったさ。だが、今回のことがあってから、面白いことを考え付いたんだ。其々の街で、誰か知っている人と会って話をしてこようと思ったのさ」
「なるほど」
ようやく私は、彼がなぜ私と会うことにしたのか、その糸口が見えてきたと思った。
「随分年数は経ってしまっているが、かつて見知っていた人と話ができたらきっと楽しいのに違いない、以前の僕なら考え付かないことだったよ。それと、酒の飲める相手だったらもっと良いな、そう思ったね」
「それで、この街では俺を選んだって訳か。しかし、お前とはそんなに深い付き合いじゃなかったと思うんだが、どうして俺と会おうと思ったんだ」
「それは、聞かれると思っていたよ。実は三つの理由があったんだ」
私は、疑問に思っていたことがようやく聞けると思った。
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